記録5 K

——医務室


「お~、来たかK。どうだ、さっきの実験なかなか面白おもろかったろ?」

 マスクを外し、インテリ眼鏡をかけて待つジャックが灰色ボサボサの前髪をかき上げて言った。


「あー、まあまあかな。」

 ケイは首を鳴らして部屋に入った。


 医務室の本棚にはギッシリと医学書や薬学書が並んでいる。ジャックの医者としての顔が垣間見える部屋となっている。

 そして、奥には怪しげな実験室――


「あのさ〜、オマエ~、もうちっと愛想よくしろよな。」

 笑いながらケイの心模様など全く気にする素振りも無くジロジロと顔を覗き込む。


「……るせー。」

「そうそう、ソレよソレ。そやって感情を出せよ。」

 ジャックはそう言いつつ、両手でケイの頬に手を添え、親指で瞼を下げて眼球を覗き込む。


「ほー、取り合えず言ったことはちゃんと守ってるみたいだな。偉いじゃないかー。」

「まーな。あんたの作った薬……あれは、よく効くよ。」

「そうか。しかし、ワタシが配合した薬も頭痛を止める程度の効能しかない。お前が能力チカラを使えば使う程、身体は蝕まれていく一方だ。」

 

 いつになく真剣に考察しながら、デスクのパネルを操作し始める。

 ススっと滑らかに美しく動く指先が、ピアノでも奏でるように浮かび上がるキーを叩いていく。

 すると、壁際に立ち上がっていた1枚の板がケイの前に横たえ診察台となる。


「着てるもの脱いでそこに横になれ。」

 

 そういわれる間もなく慣れた様子でサッと服を脱いで寝ころがるケイ。

 ケイの色白で若々しくも引き締まった肉体には至るところに銃創や切り傷がある。特に目立つのは右脇腹にある溶接されたかのような巨大な傷跡だ。

 

————フ……


 診察台ががふわふわと浮き上がり、小さな丸いカメラの様なモノが光線を発し身体の周りをクルクルと回転し、壁にデータが映し出されていく。


「……。」

 ジャックのレンズに映り込む莫大なデータ。

 その奥で彼の目が目まぐるしく動いて、その数値を読み解いている。

 中腰のまま集中するジャックは眼鏡を中指でクイッと上げ、細めた目でじ~っとそれらを眺め、しばらくして背伸びをすると椅子に腰かけた。


ギシ……


「……よ〜っこら。」

 テーブルに頬杖をつくジャック。頬に舌を当て膨らませた。


「ン~~心肺機能、消化機能、肝機能、腎機能……は、問題なさそうだ。ただ、若干脳波が乱れている様だな。おぃコレを見てみろー。」

 ジャックはケイの脳の3D画像を映し出す。


「相変わらず、大脳の特に視覚、聴覚、嗅覚、味覚といったそれぞれの感覚野に、不自然な信号が発生している。かつ……問題は記憶領域の障害だな……。これも変わらずもやの掛かった様な信号がでている。まー、とはいえ前回から大きくデータは逸脱していないようだな。自覚症状に変化はないか?」


 ケイの腕に極細の針を刺し、そのインパルスの誘導状況を見ている。


 ジャックはケイの肉体と精神のバランスを見極め、最先端の技術で生理機能の管理を行う。

 肉体の健康はさることながら精神衛生の管理もそれとなく行っているのだから医者としても一流であろう。

 それらのデータをもとに能力の使用を最低限に控える様に促している。

 能力がどのようにして身体に影響を与えているかは解析できていないが、どんな変化があるかは記録しておかねばならない。

 ケイはその第六感とも言える能力を行使することで、五感を徐々に失っていた。


「今のところは………相変わらず視覚障害があるくらいで支障はない。それと、気になる様な記憶障害もないけどな。とりあえず、また頭痛薬をくれるか?」


「オーケー。最近は能力を使わずとも達成できる程度の依頼しか入ってないのか?あまり負荷がかかっていなさそうだからな。」


「まぁそれもそうだな。極端に悪化してないしな……つか、お前らがこんな依頼するから能力を使わざるを得ないんだろ。」

 皮肉を込めた視線を送る。


 雑談混じりの会話をしながら、ジャックは画面をスクロールしたりして、前回のデータや経過を追いながら分析をする。

の調子も問題なさそうか?」

「ああ、今のところ不調はないかな」

 

 ケイはスラムで風を巻き起こしたときに使用した、白いイヤホンの様なモノを出した。あの亜人との戦いで銃弾の軌道を曲げた際も装着していたのだ。よく見れば小さな脳の形状をしている。

 彼らの間ではソレを〝心象統合器シンセサイザー〟と名付けていた。

 耳に装着すると鼓膜の脇から頭蓋内に生き物のように根が伸び、大脳から中脳、小脳、延髄へとアクセスされ、第六感なその能力を補助するとされる道具である。

 

 物心ついた時にはいつの間にか肌身離さず持っていたお守りの様なモノだ。

 誰がいつどこで何のためにケイにコレを持たせたのかまるで分らない。

 しかし、現にケイがコレを使用し始めた時、彼はこの広い宇宙で有名な殺し屋となったのだ。

 誰が何のためにこれを与えたのか。

 そんなこと考える余裕もなく、生きていくために使い続けてきた。

 

 ケイ曰く、シンセサイザーを装着後は自分の〝心象イメージ〟を能力として体現しやすくなるようなのだ。

 それもまたいったい何故なのかはわからない。

 この能力は空気を動かしたり銃弾の軌道を曲げたことからもわかるようにしっくりくる表現をすれば〝念動力〟と言える。

 イメージに影響され、かつ対象の質量に比例して身体的負荷(後遺症)があると思われる。

 更には自身からの距離、実際に触れているかそうでないかでも念動力のにおおきな変化があるとケイ自身は感じている。

 そして、生命そのものに干渉できたことは今までに一度もない。

 

 ジャックは大きく背伸びをして、1つのキーをタップしデータをアマデウスにも転送して処理を完了した。


「これでよしとー。まーとにかく、依頼ご苦労さん……さて、Kちょっと面白いモノをみせてやるよ、こっちきてみ!」

 ジャックはそう言って奥の実験室へとケイを呼んだ。


 そこはまさに実験室であり彼の趣味の部屋だった。

 様々な微生物や動植物がにされて保存されている。

 臓器の一部などもあったが、ケイはこれらを一体どうやって収集したのかは聞かないでおくことにした。


「何を見ろって??」

「コレだよ、さっき〝URCアーク〟を注入したネズミの細胞や体液だ……」

 ジャックはその体液や細胞の3D映像を暗がりの実験室に映し出した。


「あ?なんだよコレ……」

「どうだよ……興味深いだろー?」

 ジャックの目はメガネ越しだからか、より輝いて見えた。


「まーだ、動いてるわ……アメーバの様にも見えるよな。手足を伸ばしている様にも見える。じゃーもっと拡大してみようか」

 立体的に浮かぶ1つの細胞はまるでアメーバの様にウネウネと動きながら外の世界に手を伸ばすかのように大きくなろうとしている。


「……ホレ見ろっ!!かっかか。この細胞の核すら形状を変異させてるじゃないかっ。そして更に奥を覗けば……くくく!これは生命の、いや宇宙の成長過程そのものの様にみえるじゃないかっ!かっかっか!くく、面白おもろすぎだろ……」

 ジャックはあまりの興奮で声が上ずっていた。


「……新しい宇宙の誕生か……」

 ケイがそう呟くと――

「そうだ!いいじゃないか、そういう事ダ!はぁーー、なんて素晴らしいモノを見つけてくれたものだ……ふっふっふ…………ふぅ~……」

 ジャックはふと我に返り、そして映像を切るとその検体を大切そうに棒状のカプセルに採取すると凍結機に挿入し保存した。


プシュゥゥゥーーーー……


「あ、あ~~……しまった。言い忘れてた。シークレットが診察が終わったら訓練所で待ってるって言ってたわ。すまん。」

 同情を込めた言葉と苦笑をこぼした。


「おいっ……んだよ。ったく、あ~、薬も準備頼むよ」

 

 ケイはそう言って、医務室を出ると足早にシークレットの元へ向かった。

 

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