試作美少年アンドロイドとの日々の記録

風親

美少年メイドアンドロイドを試してください。

「はじめまして、マスター。よろしくお願いお願いします」

 日曜日に惰眠をむさぼっていた私は『配達でーす』というインターフォンを受けて、一人暮らしのマンションのドアに小走りで急ぎ向かって開けた。

 そこには眩いばかりの美少年が立っていた。

 黒い髪に白い肌で清潔感のある学生服のような服。男性アイドル顔負けというか、ちょっと踊れる陽キャとは路線が違う女の子のような……お人形のような……大人しい感じの男の子だった。

「え? マスター? え?」

 困惑している私を尻目に、後ろに居た運送会社のおじさんが声をかけてきた。

「ここに判子かサインをお願いします」

 配送元は、うちの会社か。よく見れば、運送会社もうちの関連企業だった。

 3日前に話した記憶が蘇ってきて、私は大人しく判子を押した。

「はい。ありがとうございます。それじゃあ、この子、預けて大丈夫ですかね……」

 配達のおじさんは、大体の事情は聞いているようだった。

 それでも、最新の人型アンドロイドを見るのは初めてなのか、物珍しそうな目と心配そうな目が混ざった感じで男の子を見た後に、私の方をちょっとニヤニヤしながら見ていたのは気のせいではないだろう。

「はい。大丈夫です。ご苦労さまー」

 まあ、そんな目で見られてしまうのは仕方ないかと内心ではため息をつきながら、にこやかにドアを閉めた。

「改めまして、試作メイドアンドロイド、エムです」

 礼儀正しくエム君は挨拶した。

 うん、なんだろう。すごく犯罪っぽい。

 アラサー女の一人暮らしの薄暗いマンションの一室の玄関に、天使みたいな美少年(アンドロイド)が立っている姿を見てしみじみとそう思った。


 その話があったのは3日前だった。

「美加君」

 仕事中の私にセクハラ気味に気持ち悪い声をかけたのは、定時間際に声をかけられたら警戒してしまう男ランキング第一位である私の直属の上司だった。

「はっはっはっ、そう警戒しないで」

 自覚はあるらしい。まあ、でもこのおじさんとも十年近い付き合いだ。すごい酷い上司もないことは分かっている。

「ちょっと、頼みがあるんだけど」

 一度は振り返った私だったけれど、その言葉で前を向きなおしてパソコンに入力を続けた。

「ちょっとね。社内テストを頼めないかなと思って」

「はあ、いいですけれど」

 私はもうパソコンのモニターから目を離すことなく適当に請け負っていた。

「どこか集まってテストする感じですか? それともこのパソコンからテストできるサービスです?」

「いやー。我が社の家事用アンドロイドなんだけれど……」

「家事。アンドロイド」

 聞いたことはあるし興味もある単語だったので、私は思わずキーボードを叩く手を止めた。

「お、興味あるみたいだね。じゃあ、後日送りつけるから、よろしくね」

「ちょ、ちょっと待ってください。家なんですか? 業務外じゃないですか」

「手当はでるからさ。ちょっとだけど」

「はあ、何のテストをするんですか?」

「主に料理かな。記録つけて、フィードバックしてもらえればいいよ」

「へえ」

 まあ、ちょっとだろうけれどお金もらえて、アンドロイドとはいえ料理を作ってもらえるならちょっとでも家事に使う時間が減っていいかなという気分になってきていた。

「ところで、なんで私なんですか?」

 アンドロイド開発部と親しいのは分かるけれど、この部署にも人はいっぱいいる。

「女性向けだから」

「……別に、女性もうちの部署、いっぱいいるでしょう」

 私が周囲のフロアを見回しながらそう言うと、上司はかなり声をひそめて耳元で話す。

「うちのアンドロイド。夜のお相手機能もついているんだけれどさ」

「へ?」

 せっかく声をひそめてくれたのに、思わず間抜けな声をあげてしまう。そういえば、大々的には宣伝はしないけれど、そんな話でアンドロイドが人気だという話を聞いた気がする。 

「若い娘だとそれに夢中になっちゃうことが多いし、妻帯者だとアンドロイドだと分かってても問題になることが多くてさ……」

「はあ」

 私はちょっと呆れ返っていた。

「つまり、アラサーの独身女が都合がいいと……」

「ははは、そういうこと。よろしくね」

 私の背中を何回か叩いて笑いながら上司は去っていった。




「いかがですか? マスター」

 そして、今、新試作品の美少年アンドロイド君が料理を作って差し出してきている。

「す、素晴らしい」

 スーパーで買う弁当をレンジで温めるのではない本当に温かい食事がテーブルに並べられていく。

 自分で買っておきながらすっかり忘れていた冷凍食品のグラタンをベースに、私の冷蔵庫の中にあった食材から作られたとは思えない料理に仕上がっていた。

「美味しい。ありがとうね」

 私は本気で満足してそう言ったのだけれど、エム君の方はちょっと困ったような顔をしていた。

「もっと好みとかを言っていただけないと、僕は困ってしまいます」

 エム君は、本当に困った顔でこちらを覗き込んでいた。

「え、あ、そうだね。全体的にもっと薄味でいいかな。でも、グラタンはもっと焼く感じで」

「はい。分かりました。今後、改善していきます」

 健気にそういいながら、食器も洗ってくれる。

(なるほど、うちの会社はこうやってアラサー女子の好みを集めているんだな……)

「じゃ、じゃあ、この後一緒に買い物に行こうか」

「はい。よろしくお願いします」

 にこやかな笑顔に私は、すっかり撃ち抜かれていた。



 テストの二週間は終わった。終わってしまった。

 涙ながらに会社にエム君と一緒に行く、エム君は慣れない交通機関に戸惑いながらも昨日までと変わらない様子だった。

(まあ、アンドロイドだもんね。別れを悲しんでくれたりはしないよね)

 足取りも重く出社したあとで、向かった会議室には上司とアンドロイド開発部の人らしい女性がいた。

「あら~はじめまして。今回はご協力ありがとうございます」

「開発部にいる。……嫁さんだ」

「え。そうだったんですね」

 そういえば、社内に上司の奥さんがいるとは聞いていたけれど、今回の開発に関わっているとは思ってもみなかった。

「いつもお世話になっております。それで、どうでした?」

 奥様は旦那のことなどどうでもよさそうに、さっさと話を切り替えてエム君の評価を聞きたがった。

「ふむふむ。よかったわ。それで、映像を見ても問題ないかしら?」

「え? 映像? 別に構いませんけど……」

 何のことだか分からずに私は首を捻っていた。

「エムに保存されている映像よ。大丈夫? エッチなことしてない?」

 そう言いながら、奥様はエム君の首のあたりに手をかけていた。

「あっ、あっ、だ、だめです」

 必死で私は涙目で止めにかかっていた。

「いや、エッチはしてないですけれど、色々と見られると恥ずかしいものが」

「ああ、いいのよ。可愛がってくれたのなら、それは開発者としてはとても嬉しいから」

 いや、奥様は『完全にやっちゃったのね』みたいな目でこちらを見ている。

「じゃあ、エム。日記を書いてくれるかしら」

「はい。かしこまりました」

「え? 日記?」

 どんな機能だと思っていたら、奥様はエム君にボールペンとノートを差し出した。

『1日目。グラタンを作りました。もっと薄味で、しっかりと焼いて欲しいという指示でした』

 ボールペンですらすらのこの二週間の出来事を書いていく。

 随分、面倒くさいプリンターねと思いながら、その様子を見まもっていた。

『2日目。カレーを作りました。カレーはもっと辛口がいいとのことでした。ナンを食べてみたいとのことでしたので来週作る予定にいたしました』

『3日目。補足。名称の変更を要求されました。『マスター』ではなく『お姉さま』と呼ぶことにいたしました』

『4日目。一緒にお風呂に入りました。体の洗い方を教えていただき。『お姉さま』の背中も流せるようになりました』

「ほう」

「へえ」

「ち、違います! ゲリラ豪雨の日があったじゃないですか。それは二人とも盛大に濡れてしまったので風邪をひいたらいけないと……」

「アンドロイドだから大丈夫よ。でもありがとう」

 奥様はにっこりと笑って頷いていた。

『5日目。女の子の服を着せられました。写真映えする可愛いポーズを学びました』 

「いえ、あの……服が乾いていなかったので、私の昔の……」

 奥様は、この日の記録に対しては『それはどうなの?』という様子でこちらを見ていた。

 こ、これ以上はいけない。

 今週の恥ずかしいいちゃいちゃ行為を思い出して、私はエム君のノートを取り上げていた。

『14日目。もう家族だと思っていると言ってもらえて嬉しかったです。できれば、離れたくありません』

 私は最後の記録を読んでしまった。

 アンドロイドだから、そんな気持ちはなくて淡々とお別れするだけだと思っていた。

 頭を上げるとエム君は目から涙を流していた。

「え? え?」

「あら。感情機能は抑えめにしているのにね。よっぽど、あなたのお家がよかったのね」

 嬉しい。素直に嬉しいと思いながらエム君に抱きついていた。

「……この子。データー取って、調整するんだけど……」

「は、はい」

 奥様の言葉に我にかえる。そうだった、エム君は商品であり、試作品だった。返さないといけないのだ。

「終わったら、買う?」

「え?」

「試作品だし、社内割りで安くしておくわよ。200万くらいでどう?」

「安いですね。買います!」

 私は即答した。

「あ、ありがとうございます。お姉さま」

 エム君は感激して今度は嬉しそうな涙を浮かべていた。

 なんか身請けしているみたい。うちの会社って恐ろしいと思いながらも私は満足していた。

「うん。また来るのを待ってるね」

 私とエム君は、強く抱きしめあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

試作美少年アンドロイドとの日々の記録 風親 @kazechika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ