第17話

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 「全部知っちゃったね。本当にしょうがないなぁ、凪は。本当に……私が恥ずかしいとか考えたりしなかったのかな?」

 気がついた時、僕は汐音と砂浜に居た。

 「凪が止めようとしたから、全部水の泡になっちゃったよ。もう何もかもが手遅れ。本当に凪は身勝手だなぁ。ほんとうに……」

 「その髪どうしたの…?」

 汐音の髪は海のような深い蒼に染まっていた。

 「儀式が失敗してしまったから、海の蒼を吸収したのかもしれない。もう髪の色は戻らないかもね。海の蒼が戻らないように…どうしようもならないこと。後ろを見てごらん。」


 僕は後ろを振り返った。海は蒼を失っていた。空は蒼を失っていた。目の前に広がるのは、顕になった真っ赤な地平。どこを見渡しても永遠に続く赤。海と空は透明になっただけなのに…この湧き上がる不快感はなんだろう。


激しさが、身体の中を駆け巡るようで。自分の体を流れる血を取り除きたいと思うほど〝赤〟は僕を執念に訴え続ける。思考は赤で埋め尽くされ、僕はまるで火炙りを受けているような感覚に陥った。血がゆっくりと沸き出し、全身に刺すような痛みを覚え、痛みのあまり声を出すことも出来ず、現実から目を背くこともできない。


 汐音は言葉を零す。


 「私の嘘が現実になっちゃったね。ほんと、どうしよう。取り返しのつかないことしちゃった……私どうすればいいかな。もうわかんないよ。何がいけなかったのかな。救いなんてものは、もう存在しないのかな…何も思いつかないや…」

 汐音は空虚な笑顔をする。

 僕が彼女を引き止めたせいで、世界は無惨にも変わり果ててしまった。彼女の決意も無駄にして、何もかを台無しにした。魔法は解け、偽りの世界から本当の世界が顕になった。

 透明をすくうことはできない。罪を拭うことはできない。波の音だけが、ただ淡々と聴こえ続ける。

 

 そして夜明けがくる。太陽は錆びついた村を照らし、赤く色づく岩肌をさらに真っ赤に染めていく。

 それは救いなのか、罰なのか僕には解らない。

 地に張り付いて取れない足枷あしかせは日に日に重さを増していく。影は前よりずっと、濃くなって、鮮明に形を持ち始めていた。

 僕はふと、汐音の方を見る。蒼くなった髪が風になびいている。


 「汐音。」


 「なに……?」


 「僕は何をしてあげればよかったのかな。僕はずっと汐音の幸せを願って、救うと決心をしたのに。結局僕は汐音を不幸にした。僕がしてきたことは、多くの人の想いを踏みにじる最低な行為で…盲目に歩んできて、後に残ったのは後悔だけだった。何も知ろうとしないのは僕の方だったんだ。」

 「…いいんだよ。世界はきっと壊れる寸前だったんだから。哀しみに満ちているこの星は、多くの抱えすぎたの。それがたまたま今日だっただけで、凪は全然悪くない。助けられて嬉しかったよ。ちょっと強引だったけど…それでも凪は私を思ってそうしたんだよね。」

 「けど…それは汐音の為にはならなかった。」

 「そんな卑屈にならないで。私たちは、目を逸らしちゃいけないんだよ。最後の最後まで向き合って——その選択に悔いはないって。そう思えるようにならないと……私は後悔する。だからそんなふうに考えないで。それに……」


 汐音は虚ろな目をしながら言葉を続ける。

 「終わりなんて所詮しょせん、呆気ないものなんだから。それまで精一杯その選択が間違ってなかったって……証明をして。」

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海鳴りと消失 デミ @Anemone_322

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