第18話 前途多難
事情のある都行きとはいえ、仮にも公爵令嬢の旅だというのに、つけられる護衛がシオンだけなのは何故なのか。
アーガイル公爵家には敵が多いというなら、護衛をぞろぞろと引き連れていくくらいでもおかしくないのに。
そんなリュミエーヌの疑問は、出立してすぐに解消された。
王都までの道中、シオンが宿に選んだのは、各地にある女子修道院だった。そういうことね、とリュミエーヌは納得した。女子修道院など、男の従者を連れていては絶対に泊まれない場所だ。
「だからなのね。護衛がシオンひとりだけだなんて、心配性の叔父様の考えにしてはずいぶんと不用心だと思ったけれど」
「ダレイオス様も悩んだようです。男たちをぞろぞろ引き連れていく旅と、私一人だけを連れた少人数での旅——どちらがマシか、天秤にかけてようやく後者に決めたそうです」
「そうなの? 護衛はたくさんの方が安全ではないの?」
リュミエーヌは小首を傾げてみせる。
「叔父様が年に何度か視察に出ていたでしょう? 護衛を何人もつけて。同じようにすればよいのではないの?」
「あれは勝手知る領内の視察です。領外——他の貴族の領地を通っての旅とは違う」
考えてみてください、姫、とシオンは言う。
「十年以上交流のない、しかし強兵と豊かな財力で知られるアーガイル公爵家の後継が、ある日突然やって来たら? しかも武装させた兵を連れてきたら、どう思いますか」
「警戒、するでしょうね」
「その通り。ようは、アーガイル公爵家には、大人数を連れて宿泊できるような伝手……大貴族とのコネクションがない」
「でも」
そこでふとリュミエーヌはあることに気づいた。
今の話はどこかおかしい。
「ねえシオン、ちょっと待って。アーガイル公爵家が他家との交流がないのは、その通りだわ。でも……わたくしは、世継ぎの妃として、都へ向かうのよね?
未来の王妃の滞在をよろこばない貴族がいるというの?」
「残念ながら」
「どうして」
王家の力そのものは、確かにそれほど強くない。領地の豊かさや兵力の強さ、財政状態だけを見れば王家を上回る家は他にもある。
それでも、王家には神より神聖なる血筋と認められ、統治権を与えられたという由来がある。だからこそすべての貴族は王家へ頭を垂れ、尊重するのだ。
リュミエーヌが訊くと、シオンは珍しくため息をついた。
「サンヴェルドル公爵家の力が強くなりすぎたのです」
サンヴェルドル。リュミエーヌはちいさく繰り返す。
この国の貴族に生まれついた以上、その名を耳にせず生涯を終えることなどあり得ない。
「サンヴェルドル公爵家…………今の王妃様のご実家、よね」
「はい。当代のみならず、遡ること三代にわたって王妃を輩出しています」
サンヴェルドル公爵家は、アーガイル公爵家と並んで長く王国内の筆頭二大貴族だった。
あまりに強い武力、豊かな財力、国内貴族への影響力ゆえに、両家とも時には王家から警戒され、時には頼られながら、ただの臣下とは一線を画す特別な地位にあり続けた。
代々の国王は、特定のひとつの家だけが突出した力を持つことは望まなかった。それゆえ、わざとアーガイルとサンヴェルドルを競わせて互いの力を削ごうとしたこともあったという。
だが現在、アーガイル公爵家が王宮を去り、向かう所敵なしとなったサンヴェルドル公爵家は王家をもしのぐ権勢を誇るという。
「アーガイル公爵家が……宮廷からいなくなったせいね」
「はい」
まさしく無敵となったサンヴェルドルの勢いを止める者はいないまま、十年が過ぎたのだ。その影響力はどれほど増したことか。
リュミエーヌはふと、先程のシオンの言葉を思い出す。
『未来の王妃の滞在をよろこばない貴族がいるの?』
『残念ながら』
「……ねえ、シオン。わたくし、もしかしなくても、サンヴェルドル公爵家から良くは思われていないのね?」
シオンはわずかに顎を引くようにうなずいた。
「もとより、サンヴェルドル公爵家はアーガイル公爵家を目の敵にしていましたが……マリアンヌさまのことで体面を傷つけられたと思っているようです」
それは私のせいではない。私たちのせいではない。
そう言いたかったが、リュミエーヌは黙っていた。言ったところで詮無いとわかっていた。
この程度の不快さなど序の口だ。宮廷へいったら、いやというほど味わわされるだろう。無理解と、誤解と、偏見と、根拠のない陰口など、雨のように降り注ぐに決まっている。
「大変ね。——実際、今の王宮はどうなっているの? サンヴェルドル公爵家から敵視されるというのは、どれくらい大変なの?」
「宮廷内の要職は、およそサンヴェルドルの人間で占められています。他家の者も、かの家のご機嫌伺いを取らずに今の地位にあり続けることはできない。加えて、今の世継ぎの母親は現サンヴェルドル公爵の姉にあたります」
「つまり、サンヴェルドル側の貴族ばかりということね」
前途多難すぎる。あまりの頭の痛さに、リュミエーヌは文句を言ったくなった。
だがそんなことをしても解決などしない。いっそ、とリュミエーヌは開き直ることにした。
「ま、敵だらけということなら、逆にこれ以上は悪くなるようもないということね。前向きに考えていきましょう、下手に敵を作らないようにびくびくしているより、わたくしの性分にもあっているわね」
「それがいいかと。それに、王都に全く味方がいないというわけでもありません」
リュミエーヌは大きな瞳をまるく見開いた。
「そうなの?」
「サンヴェルドル公爵家をよく思わない者も、確実に存在します。敵の敵は味方、と古くから言う通りに。——王都で我々が滞在させて頂く屋敷の主は、反サンヴェルドルの旗頭といっていいお方ですよ」
「イストファン公爵夫人……ね。国王の腹違いの姉君とうかがっているけれど」
「宮廷では『怒らせてはならない三貴女』のひとりとして畏怖される方です」
怒らせてはならない三貴女? 思わずリュミエーヌは繰り返してしまう。
「ずいぶんと恐ろしそうな名前……」
「国内の公爵家のなかで唯一公然とサンヴェルドル嫌いを公言される方です」
なるほどね、とリュミエーヌはつぶやいた。
「アーガイル対サンヴェルドル……そういう構図が、出来上がっているのね? わたくしが王都に到着する前から」
「ええ」
リランは思わず苦笑いをしてみせた。
「とんだ歓迎ね。本当、どうなるのかしら、これから」
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