第15話 アイシスの独白
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「エディリアスのやつ、そううまくいくかな」
ひとり王宮の回廊を歩きながら、サンヴェルドル公爵が一子アイシスは、誰に言うでもなくつぶやいた。
思い浮かべているのは、アーガイル公爵令嬢から婚約破棄を申し出させるという、エディリアスの作戦のことだ。目の付け所自体は悪くない、と思う。
だが、あまりに楽観的すぎる。なぜならば、エディリアスは世継ぎであるがゆえに世間をよく知らない。
アーガイル公爵家が婚約破棄にうなずかない可能性もある。それどころか、”世継ぎの婚約者”という立場にしがみついて手放そうとしない可能性だってある。
過去がどうであれ、アーガイル公爵家がエディリアスと同じように恨みを持ち続けているとは限らないのだ。昔の確執などとうに忘れてしまったかもしれないし、恨みはあっても目の前の利益に目がくらんで腹を決めるかもしれない。
なんといっても、世継ぎの妃となれば、未来の王妃だ。すなわち未来の国王の生母でもある。
すべての貴族たちを跪かせる立場であり、有事の際は国王の代理をつとめることさえある。それだけの地位が手に入るとなれば、国王にさらわれた実の母親のひとりやふたり、なんの文句があるだろう。
(少なくとも、俺の一族ならそう考える。親のひとりやふたり殺されたところで、それで王家の妃になれるなら安いものだとね)
アイシスの生家サンヴェルドル公爵家は長い歴史を持つ家だ。過去には王妃を何人も輩出し、王家とは密に婚姻を結び、宮廷での影響力を保ち続けてきた。宮廷の影の支配者と言われたこともあるし――、国王を傀儡に仕立て上げ、良いように操って利用していた時期も、ある。
それだけに、貴族と王家の距離というものに、アイシスはいっとう詳しい。
少なくとも臣下は、王家を王家であるというだけで、無条件に尊敬などしない。そこに利用価値、財産や叙爵、領地、人脈、戦力、その他の利益を見出すからこそ頭を下げるのだ。
エディリアスは、たぶんその辺りの感覚を理解していない。王家のたった一人の王子であり、両親を除いて誰かに頭を下げたこともない世継ぎには、臣下など、王家に諾々と従う存在にしか見えないのだろう。
もちろん実態は、エディリアスの認識から大きく隔たっている。彼が思っているほど、臣下から見た王家はありがたいものでもないし、絶対的な権威をもつ存在というわけでもない。
だから、エディリアスと婚約するというアーガイル公爵令嬢リュミエーヌが、どのような思惑を抱いて王都へやってくるのか、アイシスは疑っている。
世継ぎの妃になれると欲に目がくらませている程度の単純な考えなしの小娘なら、まだいい。どうとでも扱えるからだ。
だが、それ以外の思惑を抱いている可能性だってある。それこそ、エディリアスを刺し殺してやろうと考えている――とか。
「やれやれ。その手の騒動はもうごめんだな。それに、女の子にはかわいそうな目に遭ってほしくない――美人ならなおさらだ」
リュミエーヌがどのような少女なのか、情報は一切入っていないし、姿絵のひとつでも手に入れさせようとはしているが望み薄だ。
しかし何と言っても、アーガイル公爵令嬢リュミエーヌはあのマリアンヌの娘である。
マリアンヌの顔をアイシスは知らないが、実際に会ったことのある者によれば、まさしく王国一の美女と呼ぶにふさわしい麗貌だという。それに公爵令嬢が父親に似たとしても、アーガイル公爵家ももともと美形一族で知られているのだ。となれば、公爵令嬢が美少女でない方がおかしい。
アイシスはわずかに口の端を笑みのかたちにゆがめて、つぶやいた。
「宮廷に華が増えるのは良いことだ。そうですよね、伯母上」
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