第12話 苦い決意

「まあ落ち着けよ、エディリアス。これはただの政略結婚だ、何の変哲も無い、な」

 ことさら明るい声を出してみせたが、エディリアスの表情は欠片も晴れない。それもそうだ。この程度で気が紛れるようなら、十年経っても晴れぬ恨みを引きずったりしない。

「十年前の件は関係ない。陛下はただ、アーガイル公爵令嬢がお前の妃にふさわしいから選んだ、それだけだ」

「どこの世に、自分の愛人の娘を王太子妃に据えたがる王がいる」

「そこは割り切れよ。王族と釣り合いが取れるような貴族の家柄は多くない。まして世継ぎの妃ともなればな。――アーガイル公爵家は国内きっての有力貴族で、王家にも歴史でひけをとらない。くわえてあそこは美形一族で、多産の家系だ。過去には王妃だって輩出している。何が不満だ?」

「だったらお前にくれてやる。――ともかく、マリアンヌ、母上を死なせたあの女の娘などと、俺は死んでも結婚しない」


「子供じゃあるまいに、意地を張るなよ」

 呆れたような口調で返しながらも、内心アイシスは意外に思う。

 エディリアスは生まれた時から世継ぎとして育てられ、ふさわしい教育を受けてきた。身内のアイシスの前だろうと、わかりやすく感情をあらわにすることなど滅多になかった、それなのに。


「ではお前は、父王の愛人の娘を妃に押し付けられるような情けない世継ぎを、主君として戴いてゆくというのか?」

「だから、落ち着けって。確かに陛下のやりようは、さすがの俺もどうかと思う。だが、わかっているだろう、エディリアス。王家がこのままアーガイル公爵家と反目したままなのは、控えめにいってもかなりよろしくない」

 エディリアスが大きく肩を揺らし、深呼吸する。悪くない、少なくとも話を聞く気はあるようだ。アイシスはちいさくうなずいて、続ける。


「あの家は王家に不信感を抱いている。当然だ、公爵夫人を陛下に奪われたんだからな。そんなアーガイル公爵家が、もし王家を見限って、他国と手を結び、反旗を翻しでもしたらどうなる?」

「戦になる。そう言いたいんだろう。国境沿いに広大な領地を持ち、強兵を産出する豊かなアーガイルが敵に回れば、王家でさえ無傷では済まないと」

「そうだ。アーガイル公爵が死んで跡を継ぐのは箱入りの一人娘となれば、どうせ親戚どもがいいように操っているはずだ。あの一族は誇り高い。王家に無視され続けたまま、いつまでも黙って大人しくしていると思わない方がいい」

「だとすれば、陛下が自身で償えばいい。あの女を……マリアンヌを正式な妃に迎えるなり、何なりして」

「それじゃアーガイルの面子が立たない。マリアンヌ夫人はあくまで他家から嫁いだ身分だろう。当主の妻とはいえ、アーガイルの一族じゃない」

「自業自得だ」

「駄々をこねるな」


 エディリアスは苛立ちを隠そうともせず、両目を細めて不愉快そうな顔をしてみせた。

「お前はいったいどちらの味方だ、アイシス。私か、陛下か」

「お前の味方だよ、と言ってやりたいが――こんな俺でも、祖国の未来を案じる程度には愛国心ってものを持ち合わせているんでね」

「…………」

「いい加減聞分けろよ。それとも、ここまで言わないと通じないか? お前が王になった時、国内で最大の領地と兵力と財産を持つあのアーガイル公爵家を敵に回した状態なのと、妻の実家として十二分に活用できる状態と――どちらがお前にとって望ましいと言える?」

「…………」

 わざと挑発するような言い回しはしたものの、そこまで言わずとも理解できないほど、この世継ぎは愚かではない。それどころか、ここ数代の王家に生まれた王子のなかでも特筆するほど優秀だといわれている。

(マリアンヌの件さえなければな……)

 事件が起きた時、エディリアスは9歳。幼くもないが、大人でもなかった。父親が人妻に横恋慕し、母親を城から追い出し発狂死まで追い詰めた。そんな両親を見ながら育った王子は、敬虔な――といえば聞こえが良いが、ひどく潔癖なたちに育った。

 そのなかに、けして父王のようにはならないという苦い決意が見え隠れすることに、アイシスは気づかぬふりをしている。

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