第11話 父の愛人の娘

 使者がいなくなって、しばらくの間世継ぎは無言だった。それからぎこちなく背後を振り向き、たまたま使者の来訪前からそこにいた、母方の従兄弟に向かって話しかける。

「いったいどこの三流詩人が書いた筋書きだ。冗談にしても笑えない」

 驚きと動揺、そしてあまりにも受け入れがたい内容であったがゆえに、王太子エディリアスの声からは感情というものがごっそり抜け落ちていた。それも無理のないことだ。

「俺も冗談だと思いたかったが……さすがの陛下も、冗談でこんなこと命令はしないだろうな。ということは、本気、なんだろう」

 エディリアスの従兄弟にして、亡き王妃の甥であるサンヴェルドル公子アイシスは、重苦しい場の空気を払拭しようとわざと明るい声を出した。だが、それも大した効果はない。


「は。父上なら、やりかねない。神をも恐れぬ方だからな」

 吐き捨てるように言う同い年の従兄弟をたしなめるように、アイシスは名を呼んだ。

「エディリアス」

「今さら陛下のどこを庇う気だ? アイシス、お前の叔母を城から追い出して、発狂死にまで追い込んだのはどこの誰だと思っている」

「…………」

 日頃おしゃべりなアイシスが珍しく黙ったのは、エディリアスの言葉が否定のしようもない事実だったからでもあり、そこに滲む憎悪と怒りが容易に触れることさえ躊躇わせるものだったからでも、あった。


 エディリアスの従兄弟であり、王妃の実家である公爵家の次期当主であり、情報通の宮廷人でもあるアイシス・サンヴェルドルは、もちろん十年前の事件のことを知っている。

 実の父が妻以外の女に目を移し、実の母が心を読んだ挙句に追い出されるようにして城を出されるのを目の当たりにしたエディリアスが癒えぬ傷を負ったことも――もちろん、知っている。


「たちの悪い冗談だ。実の父に生母を殺された挙句、愛人の娘を押し付けられる世継ぎがどこにいる……!」

 瑠璃色の双眸を嫌悪の形にゆがめて、王太子エディリアスは手のひらを握りしめる。力の込められすぎた指が真白くなるのをアイシスは見たが、何も言えない。

 下手な慰めなど言えようはずもない。まして、エディリアスの気持ちは痛いほどによくわかる――亡き王妃はアイシスにとっても大好きな伯母だったのだ。誇り高く威厳ある美しい、まさに王妃となるために育てられたひと。そんなひとが一族から出ているということは、幼かったアイシスにとって誇りであり、喜びだった。


 すべてが突然、ひっくり返されてしまうまでは。

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