国王陛下の跡継ぎ殿下

第10話 冗談のような婚約

 場面変わって、王都。


 王城グランヴァルドの奥、王族たちの私的な居住区にある一室。

 父の寄越した使者を、この上なく冷ややかなまなざしで見下ろす、ひとりの王子がいる。


「冗談だろう」

 読み上げられた宣旨に対し、長い沈黙の後、王太子エディリアス・グランヴィルは吐き捨てるようにつぶやいた。濃色の双眸を睨みつけるように細め、皮肉交じりの台詞を紡ぐ。

「陛下は狂われたのか? よりによってあのアーガイルの娘を、この私の妻にしろと?」

「はい、王太子殿下。そのように、陛下はおおせです」

 世継ぎの王子は怒りと鬱陶しさとが半々で混じり合う視線を使者へ、その背後にいる、姿なき国王へと向けた。

 仮にもおのれの跡継ぎの妃選びだというのに、同じ城に暮らしながら、使者をひとり寄越すだけで済ませようというのか。事前の相談もなく、直接説明があるでもない。それだけで、国王が王太子をどれほど軽んじているかがわかるというものだ。


 十年前――王は旅先で滞在したアーガイル公爵家の当主夫人マリアンヌに横恋慕し、強引にさらって王都まで連れてきた。そして過剰な寵愛を与える一方、自身の妃は一顧だにしなかった。無視され続けた王妃は精神の均衡を崩し、城を追い出された挙げ句に狂死した――その息子が、王から冷遇された王妃の血を引くのが、エディリアスだ。

 マリアンヌのことは不運だったと思うし、哀れだとも、思う。同情してやってもいい。だがその娘との婚約ともなれば話は別だ。父から、国王から、愛人の娘を押しつけられるとは。


 再度黙り込んだ王太子の前で、使者は居心地の悪さをごまかすように笑いかけてきた。命令という形をとってはいるが、彼には世継ぎの王子の返答を持ち帰る必要がある。それが宮廷流のしきたりというものだ。

 面倒な、とエディリアスは息をついて作法通りに振る舞った。

「父上はなんと慈悲深いのだろう。ご自身の囲う寵姫の娘を、このエディリアスの妃として御下賜くださるとは」


 もはや皮肉を通り越し、毒がたっぷり詰め込まれた声だった。

「あのマリアンヌの娘、とやらを妻にしろという陛下のご命令、謹んでお受けいたします」

「――では、その通りに、陛下へお伝えさせていただきます」

 使者はうやうやしく頭を下げて、心なしか逃げるように足早に、退室していった。

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