第9話 命令

 無謀とも言える王都行きを手伝う、と言われ、リュミエーヌはほっと安堵したかのように表情をゆるめて微笑んだ。だが、すぐにその眼差しに、不安の色がよぎる。

「それなら、本当に構わないのね、シオン。本当に、王都までついてきてくれるの?」

「もちろん。私は姫の護衛ですから、あなたの行く先にはどこへでも行きます」

 リュミエーヌは再び微笑もうとして、失敗したかのように、ふにゃりと力なく笑ってみせた。

「シオンが一緒なら、心強いし、うれしいわ。でも、王都なんて、何が起こるか分からない。だから怖いの。もし……何かあったら……」

「何があろうと、あなたのことは私が守ります。あなたに誓ったように」


 安心させようとシオンはそう言ったのに、かえってリュミエーヌは、困惑の色を深くした。

「わたくしのことは大丈夫。仮にも次期アーガイル公爵で、王家から招かれた客人だもの。――なにかあれば、それを口実に叔父さまが戦を仕掛けてこないとも限らない。王家も警戒くらいはするはず。でも、シオン、あなたは違うわ」

「当然です。次期アーガイル公爵を害することを恐れる者はいても、その護衛風情を殺すことをためらう者はいません」

「それが怖いのよ! 王宮は陰謀が渦巻いて、誰も彼もが腹の探り合いと足の引っ張り合いをしているところよ。そんなところに、わたくしのような田舎貴族の娘がのこのこ出ていって、どうなるというの。宮廷貴族たちの餌食になるだけだわ」

「叔父君そっくりの物言いですね。そう言われたのですか?」


 するとリュミエーヌはちょっとだけ頬を赤くして、わずかにうつむいた。

「だって……仕方ないじゃない。わたくしは王都なんて、はじめて行くんだから。向こうのことはなにもわからないわ。ひとからお話を聞いたことしかないの」

「確かに、宮廷は魔境のような場所ですが。必要以上に恐れることもありません」

「なにかあったらどうするの? 話も通じない、王都の人間に。大事なひとたちがいなくなるのは、わたくしは、もういや。絶対にいや」

「ならば命令してくださればいい。その通りにします」

 リュミエーヌははっと顔を上げた。その青い目は、どこか傷ついた者が見せる眼差しに似ていた。


「……わたくし、そんなことは、しないわ。命令なんて」

「ええ。存じております」

「甘いって、言いたいのでしょう。叔父様みたいに。そんなことではアーガイル公爵は務まらない、って」

「どうして私があなたを否定すると? あなたはあなたのまま、ありのままであればいい。それでも公爵としての役目が務まるようにするのが、あなたに仕える私の役割です」

「そうね。……そう、よね」

「はい」

「わたくしは信じているわ。シオンは絶対、どんな時でも、わたくしのことを守ってくれる。だから命令なんていらないもの。――だからわたくしは、永遠に、あなたに命令なんてしない。それだけは覚えていて、シオン」

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