第6話 恥知らずな婚約

 使者との対面は早々に切り上げ、リュミエーヌはシオンとともに、奥の部屋へ引っ込んだ。暖かいお茶を淹れてもらったが、口はつけずに、冷えきった手のひらをずっと温めている。

 やがて使者との対談を終えたダレイオスが戻ってくると、リュミエーヌは勢いよく立ち上がった。だが、なかなか言葉は出てこない。


「嘘、でしょう、叔父様」

 それだけをなんとかしてしぼり出す。対し、叔父の声は感情の欠片もうかがわせないものだった。

「嘘なものか。今朝、陛下直々に遣わされたお使者が来たのだ。――リュミエーヌ、お前は王太子エディリアス殿下の妃に選ばれたのだ」


 声にならない悲鳴が、少女の喉からこぼれ落ちた。

 少女は――リュミエーヌは口許を抑え、紫の瞳を見開いた。

「嘘、嘘です! わたくしが、そんな……まさか……」

「驚くのも無理はない。あまりに光栄なことだからな。だが、事実だ、リュミエーヌ。我がアーガイル公爵家から、未来のグランヴィル王妃が出ることになる」

「光栄なことですか、こんなものが」

 リュミエーヌの声は震えていた。だがそれは、世継ぎの妃、未来の王妃という地位に自分が選ばれた歓喜――ではない。

 その声にはっきりと滲むのは、驚きや動揺よりも、怒り、であった。


「陛下は何度わたくしたちを、アーガイル公爵一族を侮辱すれば気が済むのですか、叔父様?! お母様を力づくで攫い、お父様の名誉を傷つけて、わたくしたちの人生をめちゃくちゃにして…………それでもまだ飽き足らずに、わたくしたちを苦しめようというのですか!?」

「リュミエーヌ、それ以上は言うな」

「いいえ! 叔父様は悔しくないのですか、この10年間、恥知らずな国王陛下のせいでわたくしたちは――」

 パシ、と音がして、リュミエーヌの視界が急にずれた。数拍遅れて、叔父に頰を叩かれたのだと気付いた。


 じわじわと熱を持ち始めた頰を押さえ、リュミエーヌは呆然と、叔父の顔を見上げる。その険しい表情に、彼がけしてリュミエーヌの味方になってくれないことが、一目で分かってしまった。

 悔しさと、怒りと、むなしさと、どうすれば良いのか分からない動揺が一気に胸にこみ上げて、言葉にならない。


 リュミエーヌはくちびるを震わせ、何でも良いから言葉を続けようとした。だが、声よりも先に、涙が勝手にこぼれ始めて、どうしようもなくなった。

「嘘、嘘、嘘!! 王家に嫁ぐくらいなら、死んだ方がましです!!」

 リュミエーヌは何とかそれだけを叫ぶと、とどめきれなくなった涙と共に、部屋から飛び出していった。

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