第5話 使者

 そこにいたのは、シオンの当たってほしくない予想通りの人物だった。若い、王宮風の洗練された衣装をまとった青年だった。旅装は解いていたが、胸にはつばの広い帽子を抱えていて――その帽子には濃茶色の鳥の羽が4枚、留められている。


 王家の紋章である「四枚羽の鷹」にちなんだその証を身につけることができるのは、王族を除けば、王家から命を受けた使者のみ。その使者を害せば、王家に剣を向けたと見なされる。

 王家の、とかすかな声でリュミエーヌがつぶやいた。だが、貴族の姫らしく、表情にはまだ動揺はない。


「お待たせをいたしました。先日亡くなりましたアーガイル公爵ランヴァンが娘、リュミエーヌと申します」

 ドレスの裾をつまみ、膝を折ってみせるさまは、公爵家の名に恥じぬ優美さだ。亡き公爵は、王都との交流を絶ってから、田舎貴族と指さされまいと宮廷でも通用する一流の作法を娘に身につけさせた。


「お初にお目にかかり、光栄の極みです、公爵令嬢。僕はディディエ・カルトウァーシュ。陛下のお言葉をあなたにお伝えするという命を受けております」

 そう名乗り、背筋を揺らさぬまま膝を折ってみせる宮廷風の礼は、お手本にしたいほどの見事さだった。この青年は、国王から使者に任されるほどの信用を受けているだけでなく、教養と身分があるというわけだ。


「性急で申し訳ありませんが、用件に入らせていただきます」

 青年は懐から丸めた羊皮紙を取り出し、声を張り上げた。

「――汝、アーガイル公爵令嬢リュミエーヌに、我が息子、王太子エディリアスとの婚姻を命じる」


 瞬間、リュミエーヌの背が稲妻に撃たれたかのようにびくっと震えたのを、シオンは見た。

「な、ん……ですって」

 予想外の言葉だったはずなのに、リュミエーヌは見事に動揺を抑えきった。あるいは、あまりに突拍子もなさすぎて、驚くことすらできなかったのかもしれない。それに、突然世継ぎの妃に選ばれたのならば、驚かないようが不自然というものだ。


 使者は優雅にリュミエーヌへ首を向け、にっこり微笑んでみせた。

「さぞ驚かれたことでしょう。ですが、光栄なお話です。陛下は、アーガイル公爵家がこれからも王家の忠実な臣下であることを、信じておいでなのです」

 

それはつまり、この婚約を承諾しなければ王家の臣下ではいられなくなる――王家の敵になる、ということだ。

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