第3話 ありえない使者
屋敷に戻った途端、リュミエーヌは侍女たちにぐるりと取り囲まれて、着替えのための部屋へとつれていかれてしまった。急ぎと言いつつ、女性の身支度には時間がかかるものだ。終わるまでの間に情報を集めておこうと、適当な使用人を捕まえに行こうとしたシオンだったが、背後から接近する気配に気付いて振り向いた。
そこにいたのはシオンとも顔見知りの使用人だった。リュミエーヌの侍女のような仕事している少女だ。
「どこへ行くんですか、シオン。あなたも着替えてもらわないと!」
「……私が? なぜ」
「知らないけど、ダレイオス様からのお言いつけです。ほら、そこに用意してあるでしょ」
椅子の上に置かれた衣装ひと揃いは、華美でこそないが上等の生地のしっかりとしたつくりで、ちょっとした時でもなければ袖を通すこともできないようなものだ。
(こんなものを着て、誰に会う?)
一族の分家の当主程度なら、ここまで丁重な態度はとらない。だが、それ以上の高貴な人物が客としてやってくるとも考えにくい。国内の貴族は交流を絶って久しい。隣国の貴族ならばたまにやってくることもあるが、公爵令嬢をわざわざ会わせたりなどしない。
疑問を抱きつつ、シオンは物陰で手早く着替えを済ませる。ベルトに剣を通し、金具を調整していると、ふいに聞き覚えのある大声が響いた。
「まだ支度は終わらんのか、いつまで時間をかけている! 婚礼衣装でもないんだぞ!」
「ダレイオス様」
ひょっこり姿を現したシオンが声をかけると、いかにも不快そうに、ダレイオス・アーガイルは目を細めた。亡き公爵の弟で、リュミエーヌにとっては叔父にあたる人物だ。いまはアーガイル公爵家のいっさいを取り仕切っている。
シオンがいくつか質問をしようとするより早く、ダレイオスは口を開いた。
「リュミエーヌの支度はまだ終わらんのか!いい加減、使者殿を待たせるにも限度がある!」
「いましがた戻ったばかりなのです。それに、公爵家の令嬢が面通しする必要があるならば、相応の形式も必要でしょう」
反論はなかった。だから、シオンの疑念はますます強まる。アーガイル公爵家でさえ気を使うほどの相手で、礼を失したくはない相手。そんな者がどれほどこの国にいるだろう。アーガイルと対等以上の権力、財力、歴史、あるいは身分を持つ者が……。
(まさか)
一瞬、シオンの頭に去来した考えは、すぐさま否定された。その人物だけは、すべての条件を満たしている。だが、同時にありえない。十年前にアーガイル公爵家と絶縁状態になり、あやうく戦寸前にまでなりかけた相手だった。
「ダレイオス様。使者とやらは、どちらからいらしたのですか」
公爵の弟はじろりとにらむような目つきでシオンを見た。シオンもにらむような目つきで見つめ返した。
「グランヴィル」
ただひとこと、ダレイオスは言った。シオンは瞠目した。それはありえないはずの人物を意味していた。
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