第2話 予期せぬ来訪者
その日、グランヴィル王国の南を治める大貴族・アーガイル公爵家の本邸に、王家の使者がやって来た。
アーガイルは、この国でも有数の豊かな穀倉地帯を有する有力貴族である。王家にも匹敵するほどの歴史と財力と兵力、広大な領地を持ち、国中に影響力を持つ。
民たちの生活水準は高く、街道もよく整備され、異国からの商人達で賑わった。
とくにこの時期、豊穣を願う『春の女神の祭り』が行われるだけに、それを目当てとする商人や芸人、職人達が流れ込んでたいへんな賑わいだ。
そんな都市部からすこし離れた場所に、この地を治めるアーガイル公爵一族は住んでいる。
数百年も前から一族が住んできた石造りの城は要塞のような見目だが、増改築を重ねたために内部はさらに複雑なつくりになっている。侵入者対策のためにわざと複雑なつくりにしただの、城内全域の地図を持っているのは城主一族と上級使用人だけだの、まことしやかに囁かれるほどに。
そのアーガイルの城の中庭に、華やかな笑い声と、ふたつの人影があった。
ひとりは春の日差しのようなやわらかな金髪に、目がさめるような深く濃い青の瞳をもった少女。手にした蔓編みの籠に、いろとりどりの花を入れて抱えている。
もうひとりは長身で、中性的な顔立ちをした人物。脚衣を履いているから男だろうと思われるが、身のこなしにはどことなく優雅な雰囲気があった。つややかな黒髪と空色の目の組み合わせはこの国ではすこし珍しく、どこか物語に出てくるような王子様を思われる。
ふたりは、どうやら花を集めているようだった。背の高さを生かして腕を伸ばし、白い花のつく枝を木から手折って少女に渡してやるところだ。
「ありがとう、シオン」
少女は受け取った枝を鼻先に近づけ、良い香り、とつぶやいた。
それから、シオンと自ら呼んだ相手へ顔を向けて、ふわりとほころぶような微笑を浮かべる。
「春の女神の祭りの頃には、きっと満開になるわ。そうしたら、この木の下に敷物をしいて、お花を見ながら、皆でお菓子を食べましょうね」
「素敵ですね。何の菓子にしましょうか、姫」
シオンは、やはり中性的な声でこたえて、手袋をつけた長い指をゆっくり折ってみせる。
「蜜をかけた焼き菓子? それとも卵とクリームのまぜもの? 北方風の薄い堅焼きの甘パン? 干し果実をたっぷり使ったケーキ?」
「ああ、そんなの選べないわ、シオンの意地悪」
「せっかく厨房の者たちが腕を振るう機会なのですから、すべてつくらせれば良いのですよ」
「わたくし、そんなに食いしん坊だと思われていたの?」
ころころと軽やかな笑い声をたてて、少女は手にした枝を振り回しながら、言う。
「でも、忘れてはだめよシオン、たくさんのお菓子はあくまで春の女神への捧げものだもの。わたくしたちは、ほんの少しだけ分けていただくだけなんだから」
「もちろんです。姫が素敵な殿方と出会えるよう、女神に祈らなくては――」
言いかけて、ふとシオンが顔を上げた。すこし遅れて、その視線の先をリュミエーヌも追った。
屋敷のほうから、誰かが走ってくる。すっと一歩、シオンが前へ出た。リュミエーヌをかばうように。
「姫様! リュミエーヌ姫様!」
息切らし駆けつけたのは、屋敷の下働きの少年だった。
リュミエーヌの前へやってきても息が整わず、大きく肩で呼吸をするありさまだ。
「まあ、どうしたの、そんなに慌てて。なにか良いしらせ?」
「だ、ダレイオス、様がっ、お呼びです」
「叔父上さまが?」
「おきゃ、客人が、いらしてる、とかでっ、急いで、お戻りに、って」
どなたかしら、とやや不安げに、リュミエーヌはつぶやいた。
アーガイル公爵家は、わけあって貴族同士のつき合いをしていない。客人があるとすれば一族の者に限られるし、亡き当主の娘が急いで会わなければならないほどの重要人物など、心当たりはない。
「とにかく、戻りましょう、姫。客人と会うのなら、身支度も整えなくては」
シオンはリュミエーヌの腕から籠を取り上げて、ようやく呼吸が落ち着いてきた少年に持たせた。後で部屋まで運んでおくようにと言いつけておく。
「戻れば、どなたがいらしているのか聞きましょう」
「そうね。一族の、どなたかだと思うけれど」
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