タイムカプセル【KAC202211日記】

雪うさこ

タイムカプセルと交換日記



 小学生の頃、仲良しグループで作った秘密基地がある。小学校の裏山だ。そこは稲荷様が祀られている神社があって、社までは、長い石段を登っていかなければならない。その石段の途中に、ちょっとした公園があり、ブランコや滑り台などの遊具が設置されていた。


 当時の小学生たちは、学校が終わると家に走って帰り、ランドセルを放り投げてから、あちらこちらに集合して遊んでいたものだ。公園脇の獣道を入っていくと、そこに大木の根元が、雨で削り取られ、洞窟みたいになっている場所があった。仲良しグループは、そこを「秘密基地」と呼んでいた。


 おれの通っていた小学校は、住んでいる場所で、二つの中学校に分かれる。卒業式は、ただなんとなく終わってしまった気がしたが、中学校は部活で忙しく小学校の頃の友達のことなんて、忘れてしまうほどだった。


 小学校時代の友達なんて、そんなものだ。中学になって離れれば、それっきり。高校になって離れれば、それっきり。大人になればなるほど、なんだか妙に懐かしい気持ちになって、「あいつ、どうしているかな?」なんて思い出すくらいの話だった。


 二十歳の成人式の日。おれは一郎と二人で、神社の石段を登って行った。仲良しグループで埋めた記念品を掘り起こすためだ。


 小学校の卒業式から八年。仲良しグループは一人減り、二人減り……。掘り起こすために集まったのは、おれと一郎だけだった。


 中学の時。達也が死んだ。サッカーの授業中、熱中症で倒れたという話だった。高校一年生の時、大輔が死んだ。彼は高校に進学せずに、塗装店に就職していたのだが。屋根の上から転落したと聞いている。そして、去年。剛が死んだ。血液の病気だったそうだ。


「みんな死んでしまった。あの頃は、こんなことになるなんて、思ってもみなかったな」


「そうだ。みんな大人になって、自由に暮らしていることを夢見ていた」


 おれたちは持ってきたスコップで、秘密基地の地面を掘り返した。アルミ製の箱はすぐに見つかった。腐食しているおかげで、蓋を開けるのに苦労したが、やっとの思いで開てみると、中に納まっていたものは、八年前と何一つ変わりなくそこに収まっていた。


「懐かしいな。これ。剛の30点のテストだぞ。記念だって言っていたっけ」


「あいつバカだったもんな」


「こっちは達也のサッカーのメダルじゃないか? あいつ。こんな大事なもの、ここに入れて。ご両親に返したほうがいいな」


 一郎は次々に箱の中から思い出の品を取り出した。そして、最後に。箱の底にあった一冊のノートを取り出す。


「これ。交換日記じゃないか。懐かしな~。お前、覚えているか?」


 一郎はそう言うと、ノートをめくって、適当なところを読み上げた。


「5月6日晴れ。担当は剛。今日もゴリ雄の奴。給食の時に鼻水手で拭くんだ。きったねー。病気で死ねばいいのに——ゴリ雄ってさ。クラスにいた奴だよな」


 一郎は続きを読む。


「6月9日雨。担当は大輔。ゴリ雄のランドセルに腐った牛乳いれてやったら、クラスの女子たちに怒られた。あいつ、女子なんかにかばってもらってさ。男女おとこおんなかよ。屋上から落っこちて死んじゃえばいいのになあ……」


 一郎はそこで息を飲んだ。


「お、おい。これって、あいつら。交換日記に書いているようなシチュエーションで死んでないか?」


 彼は顔色を青くする。血の気も失せ、日記を持つ手が震えていた。そうあって欲しくない——。そういう思いが感じ取れた。一郎は達也のパートを読む。


「8月8日晴れ。担当、達也……。プールで遊んでいたら、ゴリ雄が注意してきた。生意気。しかも先生にまで見つかって、喧嘩するなら、もうプールは開放しないってさ。あいつ、本当にイラつく。太陽で干からびて死ねばいいのに——」


 一郎はぶるぶると震えだした。それから、おれを見た。その瞳は虚ろで、まるで生気が感じられなかった。


「一郎は、なんて書いたんだ?」


 おれの問いに、一郎は歯がガチガチと鳴り出した。


「おいおい。みっともない。いい年して。なにを怖がっているんだ」


「だ、だって……おれは。おれが書いたのは……」


 おれは一郎の手から交換日記を取り上げると、一郎のところを読み上げた。


「10月11日。くもり。担当、一郎。校庭で木登りをしていたら、ゴリ雄もやりたいってついてきた。あいつとろいから。登らせてみたら、やっぱり落ちた。木の上から落ちて死んでしまえばいいのに——だって。一郎。お前、大丈夫か?」


 一郎は膝をガクガクさせておれを見据えたまま言った。


「お、お前……?」


 彼はおれを指さした。


「こ、交換日記に出てくる名前は、剛、大輔、達也、一郎だ。お、お前の名前がないじゃないか!」


「本当だ。おれの名前、ないね。おれは誰なんだろうね。ねえ、知っている? お前たちがここに散々悪口を言っていたゴリ雄。中学校に入る時、引っ越したんだよ。お前たちはね、悪びれることなく、『死ねばいいのに』って言うけどね。ねえ、言われた人の気持ちになってみなよ。なあ、一郎。


 一郎は「ひい」と悲鳴を上げると、一気にその場から走り出した。


「ああ、そっちは行かないほうがいい。だって——」


 ——昔は獣道があったけど、今は開発されて崖になっているんだけどな。


「ぎゃああ」


「道がないんだから……」


 遠くで聞こえた一郎の悲鳴はそれっきりだ。ぱったりと静かになった秘密基地には、思い出の品が残された。


「軽々しく『死ねばいいのに』なんていうもんじゃないよ。口にしたら最後、その代償を支払うのは自分だ——」


 おれは、交換日記を箱に納めると、再び元の場所に埋めた。もう誰もいなくなったんだ。こんなガラクタは用済みだ。





—了—

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タイムカプセル【KAC202211日記】 雪うさこ @yuki_usako

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