傲慢なる悪役令嬢、王太子に犬を拾う所を見られて、溺愛される

初枝れんげ@3/7『追放嬉しい』6巻発売

第1話 



「うふふふふ。長かったけれど、これでセリーヌお義姉様もおしまいね」


「ああ、そうだな、イルネスカ。可愛いお前が王太子殿下の婚約者にきっと選ばれる。父さんは今から待ち遠しいよ」


「まったくですわ。あんな前妻の汚らわしい娘など、早く婚約破棄されて追放されれば良いのです」


「お父様、お母様、もうすぐよ。お義姉様の趣味の悪いどぎつめのファッションにメイク、言葉遣いに傲慢な性格。見ていて眉をひそめない人はいません。この屋敷の使用人にも嫌われ、学院の取り巻きも性格の悪い方々ばかり。王太子殿下から明日の卒業パーティーで婚約破棄されるのもすぐです!」


「ふふふ。そして代わりにお前が婚約者として選ばれるというわけだな」


「楽しみだわ。別にあの汚らわしい娘が婚約破棄されて、処刑されようが海外に売り飛ばされようがどうでもいいですもの。我がスフォルツ公爵家にはあなたがいる。あなたが王太子殿下とつながりを持てば、あんな前妻の娘など、どこぞの変態豚貴族にでもくれてやればいい」


「ええ、ええ。お母様。そのために、小さいころからお義姉様を『教育』してきたのですから。最低最悪の悪役令嬢、としてね。誰からも眉をひそめられるファッション、だらしない体、他者を見下す最低の性格、傲慢さ、おーっほっほっほ、なんていう時代錯誤の笑い方。淑女の真逆を行くセンスを植え付けてきたのですわ」


「うむうむ。そしてお前が彼女の立場にとって代わる。お前の言うことに間違いはなかったからな」


「ええ、なぜかこの娘のいうことは預言レベルで的中しますものねえ」


「ええ、まかせてちょうだい」


その娘。ピンク色の髪をした、優し気な微笑みを浮かべ、誰からも愛されるであろう天真爛漫さを兼ね備えた少女は天使のように微笑みながら、


「明日ですべてひっくりかえるわ。ああ、可哀そうなお義姉様! まさか家族全員に騙されているともしらず哀れなものね! でも、それも明日でおしまい。明日の卒業式で婚約破棄されて断罪エンド! 処刑か流刑か、どっちのルートかしら。でも、どちらにしてもそれでゲームクリアですもの!」


そんな声と共にスフォルツ家の夜は更けていったのだった。




~セリーヌ=スフォルツ公爵令嬢~


「ふふふ。明日には卒業ね。あなたたちと会えなくなるかと思うとさみしくなりますわ」


わたくしは学院の敷地を歩きながら、優雅に扇子を口元にあてて微笑みながら言った。


「はい! その通りですわ、セリーヌ様! ですが、卒業すればじきに王太子様とも晴れてご成婚! その際はなにとぞこのわたくしめをお傍付きとしてお雇いください」


「おーほっほっほっほ! よくってよ! 王家の財産は全てわたくしのものになるのですから、贅沢三昧な暮らしをする予定です。あなたたちにもそのおこぼれを差し上げてもよくってよ」


「さすがセリーヌ様ですわ!」


「今から楽しみねえ!」


「当然の権利ですわ。何せ私たちは将来の女王セリーヌ様にお目をかけて頂いているのですから♪」


わたくしを称賛する声が轟く。


同時にわたくしのおーっほっほっほという優雅な高笑いも響いた。


すると周囲にいた他の貴族令息や令嬢が目を伏せたり、そそくさと場所を移した。


「ふふふ。有象無象共が塵芥ちりあくたのように逃げていきますわ。まったく将来の女王に頭一つ下げることすら出来ないなんて」


「みな、セリーヌ様のご尊顔を拝するのをおこがましく思ったに違いありませんわ」


「ええ、そうですわね。おーっほっほっほ」


またもわたくしの高笑いが校庭にこだました。


まったく気分がいいですわ。この世はすべてわたくしの思うがまま。


ただ、王太子殿下とは残念ながら、男子学院と女子学院で校舎が分けられている関係で、ほとんどお目にかかったことがありません。それだけが少し残念ですわ。


ただ、食堂は兼用でございますので、その際、本当にたまたま時々お目にかかった時は、積極的にお話をさせて頂きましたが、わたくしを見るや、どうにも眉間にしわを寄せていらっしゃっいました。また、わたくしと話しているときや、下々の者たちのことを話しているときも、何だかため息をつかれていました。


そして、「やはり噂は……」と何かおっしゃりかけていらっしゃいましたわね。


ふふふ、きっと、わたくしのこの宝石を何十とちりばめたギラギラとした美しいドレスの余りの美しさや、真っ赤なルージュ、そして下々の者たちにはない高貴さに感銘をうけられたのでしょう。これほどの完璧なわたくしを妻として迎えられるのですから、そのせいで感動に打ち震えていたのでしょうね。


ですが、そんな二人を遠ざける生活も終わり。


明日の卒業式が終われば、二人の時間をたっぷりとって、わたくしの魅力を存分に伝えることができますわ!!


と、そんな風に考えながら校庭を歩いていた時でした。


今日はそう言えば、馬車の迎えが遅くなるのでしたわね。明日には卒業する我が学び舎を少し歩くのもいいかもしれませんわ。もちろん、高貴なわたくしが一人で歩き回るなど普通は論外ですが、学院は治安が保証されておりますから、特に問題はないでしょう。


「あなたたち、わたくしは別用がありますから、先にお帰りあそばせ」


「はい、セリーヌ様。それではごきげんよう」


「ええ、ごきげんよう」


そう言って別れて、わたくしはきらびやかな宝石をつけたドレスのまま、校舎の辺りを巡ります。


すると、今まで見た事がない通路を発見する。どうやら校舎の裏に行ける道のようですわね。


「こんな風に一人で歩ける身分ではないから、見落としていたのね」


わたくしはその道が何となく気になって、先に進むことにした。


どっちにしても明日にはこの学院ともさようならですから、思い出のようなものですわ。それに、わたしは公爵令嬢として英才教育を家族から受けて来たから、あまり自由な時間というものもありませんでした。


なので、これは本当に気まぐれのようなものだったのです。


「やはり何もありませんのね。つまりませんわ」


そして、しばらく進んでみたものの、どうやらそこには雑草が生えていたり、あるいは掃除用の道具などが置かれていたりするだけで、面白そうなものは何もなかったのです。


なので、踵を返して帰ろうとした、その時でした。


「くぅ~ん」


なにかの鳴き声が、わたくしの耳に入ったのです。


それはゴミ箱の横に、箱に入れられて捨てられた、ひどく薄汚れた犬っころなのでした。





~王太子ハインケル=セントレア~


僕は明日の卒業式が憂鬱だった。


もちろん、学院は主席で卒業できそうだったし、王太子たる僕にはたくさんの仲間が出来た。


剣の名門マスタングス公爵家の長男で、彼自身も学院の剣術試験で僕の次に腕がたつ、ゼイアース。


現宰相アレフ=ビスター公爵の息子であり、彼自身、頭が相当キレるリック。


将来の魔法省をしょって立つことを約束された魔道の天才マジカ=ローイーストン男爵令息。


皆、とてもいい奴らで、僕にはもったいないくらい良い仲間たちだ。僕のことを腹黒とか、偽物微笑詐欺王太子などと言うのはいただけないが……。まぁ、ともかく気の置けない仲間が出来たことは本当に良かった。きっと、この国の将来をになってくれる人材だろう。


ただ、それでも明日に限っては憂鬱だった。


それは僕の婚約者である。セリーヌ=スフォルツ公爵令嬢のことだ。


公爵家の娘ということもあって彼女が選ばれた。国や王家のことを思えば仕方ない。まっとうな筋の婚約と言えるだろう。


だが、国のため、王家のため、領民のためと理解しつつも、彼女と顔を合わせた時の嫌悪感を忘れることは出来ない。


この学院は男女で校舎が別れていて、めったに一緒になることはない。


ただ、食事だけは広い食堂が用意されていて、男女共用となっていた。


そこで何度かだけ顔を合わせた。


その時に自分の将来の妻の姿を見た時の嫌悪感は、筆舌に尽くしがたい。


領民から巻き上げたであろう税金できかざった宝石を、これでもかとばかりにちりばめた豪華絢爛なドレス。王家に入れば贅沢三昧するぞと主張せんばかりだった。


そして、真っ赤なルージュと、自分よりも身分の低い者を自然と見下す目線。


目線だけでなく、実際に下々の者と見下す口調。


甘やかされて育ったのだろう、たるんだ体に、人気も構わずにおーっほっほっほと哄笑を上げるさまは生理的嫌悪感を覚えさせた。


「やはり、皆が言うように……。そして、彼女の言う通りにすべきか」


そんな独り言を言う。


そう、スフォルツ家には、後妻の娘ながらもう一人の公爵令嬢がいる。天真爛漫で性格も良く、なぜかたびたび偶然出会うことが多かった。そして、そのたびに自分に安らぎを与えてくれたのだ。


確かに王家のことを思えばあの唾棄だきすべき性格のセリーヌとの婚姻が好ましい。だが、別に彼女でなくても良いのだ。公爵家との縁さえつなげれば、国としては良い。しかも、なぜかスフォルツ家としても、あの長女セリーヌには手を焼いているらしく、何か問題があればイルネスカとの婚約に切り替えてもいい、という内内の打診まで来ているのだ!


それほどまでに家族からも問題視され、なおかつ実際に代わりの者がいる。


そして、実は仲間にも一度相談したのだ。その時の回答は、もしそうするなら全力で支援する、というものだった。


ならば、


「明日の卒業パーティーで婚約破棄を……」


そう決心しようとした時であった。


「あらあら、薄汚れた駄犬ですこと」


そんな声が聞こえて来たのである。


どうやら、考え事をしていて、人気のない方、人気のない方へ来ていたらしい。学院の中は警備もしっかりしていて安全とはいえ迂闊だったな。


それに、今の声は……。


「一番、聞きたくない奴の声だったな」


僕は物陰にこっそりと隠れて、様子を窺う。


それは僕の婚約者セリーヌの、傲慢で鼻もちならない声だったからだ。


状況は見てすぐに分かった。


やはり思った通りだ。彼女は捨てられた哀れな犬を見て『駄犬』と見下し、嘲笑を浮かべ言ったのだ。


もはや心は決まった。


と、その時、彼女が持っていた扇子を振り上げた。


あしざまに罵るだけでなく、打ちすえる気かっ……!


なんという悪女!


そんな風に領民に対しても接しているのだろう。


僕は反射的に飛び出して、その行為をやめさせようとした。


しかし、その時、


「施しを与えてあげるわ。駄犬。うちに来なさい。広い家だから部屋だってたくさん余っているのよ。それを使わせてあげるからありがたく思いなさい」


そんな声が僕の耳に届いたのである。


と同時に、


「あっ、抱っこしたら服が汚れてしまったじゃない!」


という声も聞こえた。今度こそ不機嫌になり、弱った犬を打ちすえるか!


と思いきや、


「でもね、うちは公爵家だからお金はたくさんあるのよ。また新調すれば問題ありませんわ。さぁ参りましょう」


「くぅ~ん」


やはり服が汚れるのも構わず、しっかりと犬を抱いたまま、彼女はこちらに気づかないまま踵を返した。


そんな犬の怯えているような、甘えているような、どっちともつかない声とともに、セリーヌたちは去っていった。


「……え?」


僕は思わず独り言をつぶやいた。


「以前少し会った時や、噂に聞いている彼女とは、まるで違うような……」


それは僕が初めて、彼女に関する印象や噂に、違和感を覚えた瞬間なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

傲慢なる悪役令嬢、王太子に犬を拾う所を見られて、溺愛される 初枝れんげ@3/7『追放嬉しい』6巻発売 @hatsueda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ