KAC202211校長先生の日記帳

星都ハナス

校長先生の日記帳

 夢花ゆめかは白いふわふわの上でお昼寝するのが好き。今日もゴロンってしていると、夢花を呼ぶミカ先生の声がしました。


「夢花ちゃん、そろそろ起きましょうね。校長先生から大事なお話があるの」

 

 ミカ先生は大きくなったわねと夢花のおでこにキスして、抱っこしてくれました。夢花は上手に歩けません。


「お友達のアンナちゃん、ユウくん、まなみちゃんも一緒よ」


 今度はほっぺにキスしてくれます。夢花は優しいミカ先生が大好きです。


 虹色のチューリップが咲く中庭を抜けて、銀色の渡り廊下を右に曲がって、金色の扉を開けると校長先生のお部屋です。


「夢花ちゃんこんにちは。アンナちゃんの隣に座ってね」


 校長先生は白くて長いおひげを触りながら言いました。ミカ先生が夢花をイスに座らせてくれます。足が床に届かなくてプラプラします。それを見てアンナちゃんがキャッキャって笑いました。


 アンナちゃんは目が大きくて髪の毛の色がみんなと違います。夢花とユウくん、まなみちゃんは黒いのに、アンナちゃんだけ金色です。


「今から大事なお話をしますね。今まで仲良く暮らしてきましたね。……けれどもうすぐお別れです」

「どうしてですか? もっとここにいたいです」

「僕も!」


 校長先生のお別れという言葉を聞いて、まなみちゃんとユウくんが嫌だって言いました。夢花はお別れの意味がよく分かりません。アンナちゃんも首をかしげています。


 校長先生はお別れは寂しいけど、あなた達のママにとったら嬉しい事ですよと言いました。

 

 どうして嬉しい事なのか、一人一人に説明してくれると言いました。夢花は難しい言葉がたくさん出てきたけれど、校長先生のお話を静かに聞きました。



 一番最初はユウくんです。校長先生は厚くて重そうな本を開いて、ユウくんに言います。


「上田ユウくん。2015年8月23日生まれ。3才の時、事故で亡くなりました。そばにいたユウくんのママも大けがをしました。ユウくんのママはどうしてユウくんを守ってあげられなかったのか、毎日毎晩泣いています。どんなにユウくんのパパが慰めても気分が晴れる日は来ません。けれど、最近新しい命が芽生えそうです。ユウくん、ママの元にかえってママを慰めてあげて下さい」

 

 校長先生のお話を聞いて、ユウくんはハイって大きな返事をしました。


「ミカ先生、お願いします」

「分かりました」


 ミカ先生はフュッと口笛を吹くとパタパタと鳥が飛んできました。夢花はすごく驚きました。真っ白くて大きな鳥です。白地に赤丸の紙を首にぶら下げています。そこにはユウくんの家の住所が書いてあるそうです。


 みんなユウくんにさよならしました。


 次はまなみちゃんの番です。校長先生はまた厚い本をパラパラとめくり、お話を始めました。厚い本は『命の書』ですと校長先生が言います。難しい言葉に首をかしげる夢花に、ミカ先生が校長先生の日記帳よと教えてくれました。


「大原まなみちゃん。2018年3月10日生まれ。2歳の時、病気で亡くなりました。どんなに大切に育てていても、病気になってしまいます。まなみちゃんのママも新しい命が芽生えそうです。まなみちゃん、たっぷりママに甘えてきなさいね」


 校長先生の言葉に、まなみちゃんは戸惑いながら嬉しいですって言いました。


 また大きな鳥が飛んできて、まなみちゃんとさよならしました。


 次はアンナちゃんの番です。校長先生が日記帳を開くと、アンナちゃんはキャッキャとはしゃぎました。校長先生は夢花が一度も聞いたことのない言葉でアンナちゃんに話します。


 ミカ先生があとから夢花にも分かる言葉で話してくれました。


「アンナちゃんは、2021年2月24日生まれ。一歳になったばかりの時、頭にオケがをして亡くなったの。校長先生も私もここから見ていて、とても悲しかったの。アンナちゃんのパパもママもその日からご飯が食べられなくなったの。アンナちゃんと同じように天国ここに来た子ども達は、みんなママの元に還してあげましょうって校長先生が決めたのよ」


 戦争やミサイル、防空壕が何のことか全く分からなかったけど、校長先生やミカ先生が泣いていたので、夢花も悲しくなりました。


「この鳥は、コウノトリって言うの。みんなを大事にママの所へ運んでくれるのよ」


 アンナちゃんを運ぶコウノトリの首には青と黄色の2色。夢花ちゃんのお国とは違うのよってミカ先生が教えてくれました。


「アンナちゃんのママが笑顔になりますように!」


 夢花は校長先生とミカ先生と一緒に手を振ります。アンナちゃんはさっきよりもキャッキャッとはしゃぐので、羽根を付けた天使さんが抱っこして運ぶ事になりました。


「さあ、今度は夢花ちゃんの番ね。校長先生お願いします」


 ミカ先生が夢花を抱っこします。校長先生は夢花の頭を優しく撫でてから、また日記帳を開きました。アンナちゃん、まなみちゃん、ユウくんとは違う日記帳です。夢花は何でかなって思いました。


「夢花ちゃん、佐藤夢花ちゃん。あなたはまだ生まれてないんです。ママのお腹の中にいる時に天国に来てしまったんです」


 夢花は不思議に思いました。まだ生まれていないのに、どうして名前がつけられているのか分からなかったからです。ミカ先生は夢花の顔を見てこう言います。


「夢花ちゃん不思議に思うわね。教えてあげましょう。校長先生の日記帳には色んな事が書いてあるの。誰がいつ、どんな理由で天国にきたのか。愛する子どもを失ったパパとママの気持ちも全部書き留めてあるの。ねっ、校長先生、いや神様」


 夢花は校長先生が神様って教えられたけどよく分かりませんでした。


「そうだよ、夢花ちゃん。夢花ちゃんのママは、夢花ちゃんがお腹の中からいなくなってすごく落ち込んでいました。毎日毎日泣いて……。夢花ちゃんのために準備した哺乳瓶やベビーベッド、ベビー服を抱きしめながら。もうパパと決めていたみたいですね、名前。夢花って呼びながら泣いていました」


 夢花はママとパパが付けてくれた名前だと知ってすごく嬉しくなりました。


「神様が日記を付けてくれているので、みんなまたママに会う事が出来るのよ。さぁ、夢花ちゃんも行ってらっしゃい。ママが喜ぶわ」


 夢花はミカ先生と離れるのが悲しいと思いました。


 泣きそうな夢花にミカ先生はもう一度キスして言いました。


「今度はママに抱っこされてキスしてもらえるのよ。夢花ちゃんだけじゃないわ。世界中の子ども達が再びそうなる日を願っているの。ねえ、校長先生」


 ミカ先生の言葉に校長先生は優しく頷いて、手を振ってくれました。


 夢花はコウノトリさんが運ぶカゴの中で……胎児に戻ります。


 ママに抱っこされる日を楽しみにしています。


  了

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