刃を握る守りの手
「これが魔力の頂点……実に気分がイイ!よし、特別に最初に攻撃させてやロウ!」
父親は大手を広げ獣のような口元を吊り上げた。人間だった頃の面影は消え去り、二メートル以上の体躯となった今は言葉や行動に威圧感がある。
だがルイは何の躊躇もなく父親の懐まで近付くと盾による衝撃波を放出。加減をした訳では決して無いにも関わらず、傷どころか灰色の体毛に覆われた腹部には跡すら残らない。
「なッ――」
「その程度カ?随分馬鹿にされたものダ、ナァ!」
父親が左手を上げルイの体に向かって振り下ろす。咄嗟に盾を構えるも耐える事が出来ず、ルイの体は小石を投げるように吹き飛ばされた。
「……ここまで、力の差が出るのか……」
「どうしタ?もう終わりなのカ?」
ルイはゆっくり立ち上がると、口の端から垂れる鮮血を拭う。同時に獣人とも呼べる姿になった父親を睨みながら頭を働かせた。
盾の衝撃波は全力で打ったが傷一つ付けられていない。そして次の攻撃からはあの大剣も振り回される。
そんな事を想像しただけでルイの思考は防衛本能なのか、途中で無理やり止まってしまった。
「考えろ……どうにかしてあいつを倒す方法を……」
「ふん、力の差があり過ぎて困ってるみたいダナ。だがもう容赦はしないゾ?」
父親は巧みに大剣を振り回すと、剣圧だけで地面を僅かに抉る。
「くらエッ!!」
掲げた大剣から灰色の魔力が濁流のように現れ、振り下ろすと同時に巨大な直線上の斬撃となって放出された。
まるで巨大なレーザーのような魔力を咄嗟に避けるルイとトウヤ。
「おや?避けていいのカ?」
二人の行動を見てニヤリと口角を上げる父親。ルイが振り返ると、斬撃は家の方へと放たれていた。
「まずい!?」
「ルイ!」
ルイはすぐに駆け寄りビームを盾で受けるも、押されて徐々に後退していく。盾の衝撃波を斜め上へ放ち、何とか威力を逃がすと斬撃は空中で爆散した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「受けるのがやっとのようダナ。ならば次は――」
父親は呆れ気味に呟くと大剣を肩に担ぎ、視線をトウヤの方へ向けたと同時に距離を縮める。攻撃範囲に入った瞬間、父親は大剣を振りかぶる動作無しでルイの頭へ振り下ろした。
「トウヤ!」
ルイが叫ぶと、トウヤは構えていた鎌で軌道をずらし地面へ威力を逃がす。すぐさまガラ空きとなった腹部へ接近すると、鎌を構え直し父親の腹部へ刃を向けた。
しかし――。
「嘘、だろ!?」
鎌は腹部を切り裂くことなく、むしろ筋肉によって弾き返されてしまった。
体勢が崩れたトウヤを見てニヤリと笑い、父親は左手で拳を作ると勢いよくトウに向かって叩きつけるように振るった。
「あ、がぁッ!」
痛みに耐えかねたトウヤの声が響き、体は地面へ一直線に落下。まるでボールのようにバウンドして再び地面へ叩き落とされた。
「ほう、生身の人間がまだ立てるとハ」
鎌を杖代わりにしながら立ち上がるトウヤ。頭部から出血しているのか、顔の右側が血濡れている。
痛々しい友の姿を見て声を荒らげるルイ。
「貴様……相手は僕だろ!!」
「その僕が相手にならないから、こうして仲間が死にかけてるんじゃないのカァ?」
父親の言うことは当たっていた。攻撃どころか守る事で精一杯のルイ。目の前には立つのがやっとのトウヤと、後ろに建つ家には
「どうしたら勝てる……あいつに罪を償わせる事が……!」
父親の姿を前に手も足も出せない状況にルイは自分に対して怒りが込み上げてくる。歯を食いしばりどうする事も出来ない目の前に体の震えが収まらない。
その時、優しいそよ風が背後から吹き始めた。
ルイ――。
まるで風に乗ってきたかのように、一人の声が脳裏を過ぎる。思い出なのか幻聴なのか、それは今も探している幼なじみの声だった。思いもしていなかった事態に周囲を見渡すルイ。
だがその声の主はどこを見ても見当たらなかった。
「この声は……?」
ルイ――。
ルイは、負けないでね――。
推薦によって連れて行かれる前。性格が変化したと呼べる彼女と言い争いをする前に言われた最後の言葉。
しかし今のルイには困惑する材料でしかなかった。無意識に彼女の姿を探しながらも頭では目の前の
「わかっている……わかっているがどうしたら――」
周囲を見ていた瞳がふと父親の胸元に向けられ止まる。そこにはリュウトの
同時にリュウトが父親と戦った時の記憶が蘇る。あの時のリュウトは無意識なのか、魔力を魔剣に乗せ剣を振るっていた。
その時、ルイは一つの方法を思いつく。
「……そうか、ならば賭けてみよう」
呟いたルイは盾を構えるを辞め、剣を両手に握り締める。先刻までの戦闘では一度も見た事の無い構えに父親は片眉を傾げた。
「ほう、今度はどんな構えダ?」
「教える気など無い。ただ貴様を倒すだけだ」
「ははハァ!守る事しか出来ない奴が言うじゃなイカ……ならば仲間諸共死ねばイイ」
父親は軌道がルイに悟られないよう大剣を巧みに振り回し始めた。いつ襲いかかってくるかわからない緊張感にルイは剣の柄を握り締める。
そして父親が右足を踏み込み距離を縮める。同時に右斜めから重い一撃を振り下ろした。
だがルイは動じることも守ることもしなかった。僅かに右に避けると体の数センチ隣りを大剣が横切る。大剣が再び持ち上げられる前に、父親の目を真っ直ぐ見つめたまま高く上げた剣を振るう。
「ふン、斬れるもノカ」
弾き返すつもりの父親は避けることなく、ルイの刃を受け入れた。体勢が崩れた所で地面の大剣を横薙ぎに降ればそれで終わると予想していた。
だがルイの剣が父親の左肩に触れた瞬間、はじき返すどころか皮膚を超え、骨が見えそうな位置まで深く斬り裂いた。
活発化した火山のように溢れるこれ以上無いほどの痛み。父親は剣を離し咄嗟に距離をとった。
「な、何だ急二!?」
左肩を抑える父親の言葉に、ルイは何も返す事無く剣だけを構え続ける。
その姿に、模擬戦の頃のリュウトが幻影となり重なっているように見えた。
「ふざけるナ……またあいつだと言うノカ!? 私の方が……私の方が力を得たんダ!」
父親は大剣を呼び寄せ、まだ握る事が出来る右手だけで剣を構える。
「落ち着ケ……相手はガキダ。これだけの力があればやられる事ハ――」
父親が自身に言い聞かせていた時。今度はルイが自分から父親の懐に入り込み、あえて大剣に当たるように剣を下から振り上げた。
父親は直ぐさま大剣を盾のように使い一撃を防ぐ。
だがルイの剣は、大剣にも大きな傷を付ける。あまりの変化に父親はもう動揺を隠す事が出来なくなっていた。
素早い動きや防御を捨て、代わりに大きな一撃を与え続けていくルイ。その姿はまるで、父親自身が持つ大剣よりも遥かに重く巨大な剣を握っているように見えた。
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