父と息子


 ルイは縦に、父親は横に剣を振るい十字の形で二本の剣が衝突する。ルイが静かに睨みを利かせると、父親はその顔を見て楽しむように口角を上げた。続けざまに魔剣を両手で握り、徐々に押し返して来る。

 力負けすると察したルイは、先に自分から後方へ離れ体勢が崩れるのを最小限に抑えた。

 すぐさま盾で上半身を隠し、剣の軌道が悟られないよう右下へ切っ先だけを露わにする。


「ふん、あくまで様子伺いと言ったところか。なら――」


 ルイの父親は駆け出すと同時に魔剣を握る右手を左下腹部へ引いて構える。そして射程内に入った瞬間、鋭い風きり音が響き魔剣の剣先が盾を襲った。剣先と盾が触れた部分から重厚な金属音と火花が散る。


「これならどうだ?」


 ルイの父親は再び魔剣を自身の方へ引き絞る。フッと息を強く吐くと、盾へ連続して刺突を繰り出した。元の素質もあるのか、魔力で増強された力によりまるで銃のように連発される。

 今押し負ければ全てが自分に当たる――。

 ルイは体勢を低く構え、盾に魔力を込めると前方を防ぐ為のバリアを展開した。やがて連撃が終わると、前に踏み出していた右足に力を込め、右手の剣を父親の胸元へ向ける。

 だが魔剣に軌道をずらされルイの剣は地面へと刺さるだけだった。


「その程度か?剣の使い方がなってないぞ?」


 まるで余裕を見せるかのように両手を広げる父親。ルイはその姿を再び鋭く睨む。

 だが相手は元滅殺者スレイヤー。二人の経験の量が差を生み出していた。


魔装具まそうぐを得たらこの態度……権利が剥奪されててよかったよ……」


 ルイは嫌味のように呟くと、背筋を真っ直ぐ伸ばし前に構えていた盾を後方へ、剣は切っ先が標的へ真っ直ぐ向くように構える。その姿はまさに父親と似た戦闘態勢だった。

 ルイの姿を見てか、父親は小さく笑みを浮かべ、両者は互いの側面を見るように円運動で距離をとる。


「いいだろう、久しぶりに見せてやる」


 そう言った瞬間、父親はルイの胸元へ剣先を向ける。

 だがルイは手首の回転だけで剣を振るい、父親の剣先の軌道を大きくずらした。

 間髪入れずに父親の持つ魔剣の刀身をなぞるよう滑らせ、今度はルイが攻撃を仕掛ける。

 だが父親は一歩引いて距離をとり、魔剣でルイの剣を押し払う。


「お前が幼い頃を思い出す、私に剣術を教わっていた時のな」


 今度は父親が距離を詰め、円を描くように立ち回る。静寂の中ルイの隙が表れた瞬間、一気に剣先を振るってきた。

 だがルイは自分の剣を右脇へ引き、代わりに盾で魔剣を払い除ける。

 剣先は空へ弾かれ、軌道がズレたことで無防備となった父親の腹部へと、ルイは引いていた剣を押し出す。

 しかし父親は飛ばされ勢いを殺す事無く、右へ回転しそのまま切り払おうとする。

 ルイは引いていた剣を縦にすると、横薙ぎに迫る魔剣の剣筋を上へと逸らした。



「ほう、あの時よりは確かに精度が上がってるな。だがまだ甘い」


 父親は小さく首を傾げると、今までと比べ物にならない程の猛攻をしかけてきた。次々と迫り来る剣先にルイは後退する他手段が無い。

 盾で防ぐも力で弾き返され、剣で起動を逸らすも間に合わない。最後は魔剣を捻り、絡め取るようにルイの剣を取り上げた。


マスターより流派を先に学んできた私とは格が違う」

「くっ!」


 ルイは盾を正面に向けバリアを張ると同時に衝撃波を打とうとする。だがそれを察した父親の方が早く、魔剣から赤い斬撃を放ってきた。

 展開が間に合わなかったのか、バリアは簡単に砕け散り盾ごとルイへ直撃する。


「がはッ!」


 ルイは肩膝をつきながら盾で防ぎ切れなかった足や右腕から鮮血が滴らせる。呼吸も荒くふらつきながら立ち上がるも、その目だけは父親に対して向けられていた。


「どうした?私を償わせるのだろう?」

「ルイ!俺も――」

「来るな!」


 トウヤが鎌を回し構えるも、ルイは怒号にも似た叫びをあげる。参戦したい気持ちを抑え、トウヤはただ唇を紡ぐことしか出来ない。


「大丈夫、僕は負けない……く……はぁぁぁぁぁ!」


 地面の剣を拾い勢いに任せ振っていくルイ。自暴自棄にも見える太刀筋を父親は簡単に受け流しルイへと一撃を与えていく。

 盾で防げる攻撃も、やがてその範囲をすり抜けルイの体へと浅く突き刺さる。


滅殺者スレイヤーとしてが聞いて呆れる。取り乱した者から負けるのだ」


 最後の一突きは腹部に刺さり、より深く魔剣を押し込めていく。


「がはぁっ……!」


 吐血を地面へばら撒き、力無く倒れかけたルイを蹴飛ばす父親。

 まだ息はあるものの既に戦闘出来る程の体力は残っていない。父親はそんな弱々しい息子ルイを見て、親が子へ絶対に向けないような冷徹な視線で見下ろした。


「はぁ、興醒めだな。まだリュウト君の方が追い込めるんじゃないか?」


 にこやかな顔でリュウトが避難した方向を見つめる父親。


「まぁあの時はフェアじゃなかったがな――」


 父親の気が緩んだ僅かな隙を見逃さなかった。ルイは衝撃波を噴射材として一気に詰め寄る。

 父親も一瞬は目を見開くも、ルイの一撃を魔剣で受け止めた。


「攻撃が安直すぎるのだよ。同じ流派で戦うなら理解度が高い方が勝つに決まっているだろう」


 父親は魔剣を巧みに振り回し、膝をつきながら肩で息をするルイを見つめる。勝負はついたとも言える状況にも関わらず、何故かルイは口元に笑みを浮かべた。


「たしかにそうだ……でもこれでわかったよ」


 ルイは剣を握り締めると再び盾を前方に、剣を後方下段に構える。その戦闘体勢はまさしくルイが普段から使う構えであった。

 また同じ戦法か――とでも言いたげに父親はうんざりしたような顔を見せる。


「ふん。構えを変えた所で何が変わると言うんだ?」

「それはちゃんと見てから言ってもらおうか」


 ルイは深く息を吐いた瞬間、父親へ一気に詰め寄る。初めに放ったのは剣の振り上げ。だがあまりにも直球過ぎる一振に、父親からは距離を離され簡単に避けられてしまう。

 その僅かな隙をルイは見逃さなかった。剣が避けられた瞬間、盾の衝撃波を地面に放ち飛躍したのだ。

 ほぼ同時の動きに避けきれないと察した父親は、左手で刀身の腹を持つと両手で受け止める体勢に入る。父親の姿を見たルイは剣を振り下ろしその後ろに盾を構えた。

 父親の魔剣とルイの剣がぶつかり合った瞬間、ルイは盾から衝撃波を放つ。

 自身も後ろへ吹き飛ぶと共に剣の勢いを何倍にも跳ね上げ、力技で父親も吹き飛ばした。


「ぐっ!おのれぇぇ!」


 父親が地面へ足を着け前を見た瞬間、すでにルイは切っ先を顔面寸前の位置に向けていた。瞬時に魔剣を掲げるように振り上げルイの剣筋を大きくズラす。

 軌道を上へ向けられたルイは勢いに乗り空中で一回転すると、今度は盾を父親の顔面に突き出すと同時に強い衝撃波を放った。

 剣を上げた無防備な体勢で魔力の重い衝撃が直撃する。耐える事も出来ず父親は再び吹き飛ばされた。

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