細剣と盾
「あぁぁぁぁぁぁ!貴様ァ……自分が何をしたかわかってるのか!!」
一発は手の甲を貫通しており、もう一発は人差し指と中指の先を破壊していた。傷とは呼べない右手の損傷部分から鮮血が滴り落ちる。
怒りで鋭い視線を向けるルイの父親だが、その目に勝るとも劣らないほどの眼光で従姉妹の父親もまた睨みを効かせていた。
「俺は……警察だ……子供や家族に危害を加える奴を、黙って見過ごす程腐っちゃいない!」
「そうか、なら良いだろう、お前から殺ってやる!」
腹の据わった従姉妹の父親の言葉を聞いて、眉間に血管が浮き出る程怒りを露にしたルイの父親。地面に刺さった魔剣を左手で引き抜き魔力を込めると、穴の開いた右手の傷がみるみるうちに再生していく。
「はははは!流石は
ルイの父親は全快した自身の右手を見つめた後、高らかに笑いながらすでに限界が近い従姉妹の父親に歩み寄る。
荒くなった息を整えようと必死で呼吸するも、斬り払われた傷からの血が止まらない。それでもなお、従姉妹の父親の目から光が消える事は無かった。
「いい加減くたばったらどうだね?この力の前では貴様など造作もない!下等種族の人間風情が、魔を纏いし者に歯向かうな」
ルイの父親はこれでもかと魔剣を高く掲げると、口元に笑みを浮かべながら振り下ろす。その瞬間、両者の視界に一つの人影が割って入った。
人影は従姉妹の父親を庇うように抱きかかえ魔剣から距離をとる。だがわずかに間に合わなかったせいで、魔剣の切っ先が人影の背中に喰らいついた。
「お前……どうして!」
「どういう事だ?」
従姉妹の父親が自身の隣でうつ伏せのまま身体を震わせる人影に視線を向ける。そこには痛みに耐え苦悶の表情を浮かべるルイの母親だった。
ルイの父親は地面に寝そべる二人を感情の無い顔で見つめる。
「私を裏切ったのか?」
痛みに耐えているせいか、ルイの母親は言葉を発さない。
「母さん!!」
ルイの叫びに応えるように、母親は胸ポケットから一枚の写真を撮り出す。そこには幼いルイと写る三人の家族写真だった。
だがルイの父親は写真を見た瞬間、家族へ向けるとは思えない程の冷たい瞳で倒れている妻を見下ろした。
「ふん。こんな物今さら出したとこでどうなると言うんだ?貴様が裏切るならむしろ好都合。暖かい生活など、力ある
本心を聞くとこが出来た。ルイの母親は全てを悟ったように涙を流す。ゆっくりと体勢を変えて自身の夫を見上げると、すでに魔剣が振り上げられていた。
目の前の人物は愛しく優しかった夫ではなく、冷徹で何かに飢えた獣にも悪魔にも似た人ではない存在に感じる。
ルイの母親は静かに目を瞑り自身の最期を覚悟した。
「ぐぁぁぁぁ!」
しかし痛みが来る事は無く、鈍い鉄製の音と共にルイの父親の情けない叫び声が聞こえて来る。慌てて目を開けると、ルイが持つ
「ルイ……」
「母さんは静かに、その場から動かないで」
ルイは吹き飛ばした父親から視線を離さずに、静止しとくよう促す。やがて暗闇から右の脇腹を抑えながらフラフラと父親が姿を現した。
「クソ……何故だ、ペンダントは私が持っているはず。なのに何故ーーッ!?」
ルイの父親の視界に入ったのは、ルイが立つ位置より更に奥。自身が連れて来ていた二人の
「どういう事だ!?私が預かったペンダントは……!」
ルイの父親は慌てながら胸ポケットに入れていたペンダントを確かめる。取り返されないようしまい込んでいたポケットからは、先程ルイの母親から手渡されたペンダントが二つ入っていた。
混乱するルイの父親を見て、痺れを切らしたルイの母親が口を開く。
「あなたが、私に贈ってくれた品よ……それすらも忘れてしまったのね」
「貴様!」
怒りに向かせ魔剣を振り上げながら母親へ歩み寄ろうとした父親に、ルイは盾で遮りながら剣の切っ先を向ける。鋭く睨むその眼光は親子故の宿命か、父と息子で似た雰囲気を漂わせていた。
「お前、ガキの分際で……どけ!!」
「父さん、あなたはたくさんの人を傷付けた。それ以前に数々の罪もまだ償っていない」
憤怒に溢れた父とは違い、冷静とも冷徹とも呼べる口調で話す
「だから何だ?私はマスターの息子にして名家の滅殺――」
「いい加減にしろッ!!」
父親が言いかけた最後の単語を掻き消すようにルイも声を荒らげた。同時に盾と剣を握る手にこれでもかと力が入っていく。
「父さんの
ルイは剣を巧みに振ると盾を前へ、剣を後方下段に構える。覚悟の決まった瞳には、もはや迷いや躊躇も無い決意の色が滲み出ていた。
「候補生とは言え、僕は
「罪を償わせる、か。現状の事も、これからの
ルイの父親は呆れたように鼻からため息を漏らし、ゆっくりと首を横に振る。更に魔剣を杖のように手首で回しながらルイとの距離を確かめる。
そしてお互いの射程距離に入った瞬間、二人の構えはより強固なものとなった。
「一人で行けるルイ?」
「当たり前だ。手を出さないでくれよ?」
背中越しでもわかる程ルイは楽しげな声色でそう言うと、トウヤは小さく微笑みリュウトの方へと体を向けた。
「わかった。それじゃあ待ってるよ」
最後のトウヤが離れると、薄暗いパーティー会場に風の音だけが響く。構えたまま動かない二人。
そんな硬直状態の親子から少し離れた位置で、最初の悪魔が現れた時に半壊した屋台の電球が風に揺れる。
やがて風力に負け落下した電球が地面で割れた瞬間、二人は剣を握る手に力を込め雄叫びと共に駆け出した。
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