現れた影


「アハハハハ!」

「まずい悪魔だ!」


 気付いたのは三人の中でルイが最も早かった。奇声にも似た笑い声を上げながら人の皮を破った悪魔は羽を広げ、宙に浮くのと同時に一人の使用人を捕まえる。


「いやぁぁぁぁぁ!」

「彼女を離せ!」


 リュウト達が魔装具まそうぐを構えようとしたその時だった。一人の黒いコートを着た者がルイの家の屋根から悪魔に目掛けて飛び降りる。


「あれは滅殺者スレイヤー!?」

「でもどうしてここに?」


 滅殺者スレイヤーらしき人物は空中で腰に差していた細剣を抜くと、逆手に持ち悪魔へと切っ先を向ける。リュウト達を見て油断していた悪魔が振り返ると、細剣は口を貫き背中から切っ先が現れた。


「あ、ガァッ!」

「私に掴まりなさい」


 落下の勢いのまま悪魔を地面へ落とす滅殺者スレイヤーらしき人物。捕まっていた使用人も奴にしがみつき事なきを得た。

ものの数十秒で悪魔は黒い砂となり細剣だけが残る。滅殺者スレイヤーらしき人物は細剣を腰の鞘に納めると、リュウト達の方へ向いて口元しか見えなかったフードを脱ぐ。

 しかしその素顔を見て、リュウトとルイは絶句した。


「君達、怪我は無いかな?」


 目の前にいたのはルイの父親であり、リュウトが倒した丸メガネの先生だった。


「お前――捕まってたんじゃないのか!」


 従姉妹の父親も動揺が隠せず声を荒らげる。だがルイの父親は小さく口元だけ微笑むと、冷たい視線を送った。


「ええもちろん、だからこうして無罪を明らかにする為、真犯人を捕らえに来たんだ」

「なんだと!?」


 ルイの父親はリュウトに向かって指を差すと、まるで見下すかのように顔を僅かに上げる。同時にその表情は自信に満ちているようにも見えた。


「君が昨今の悪魔を呼び寄せてる張本人だね?リュウト君」

「そんな根も葉もない事……を……」


 ルイは言いかけた言葉を中断させ自身の父親に歩み寄る人物を目で追う。空いた口が塞がらないままゆっくり頭が理解したのか、目を大きく見開いてその人物を呼んだ。


「そんな、母さん……!」

「あいつッ!」


 怒りに任せリュウトは武器を構えようとしたが、ルイの父親が止めるように手を前に出てきた。


「おっと、言っておくが魔装具まそうぐを出して戦おう何て思うなよ?これだけの客人がいる中、魔力を使って戦うのか?」


 リュウトの気が一瞬だけ揺らいだ瞬間だった。ルイの父親はリュウトに素早く近付くと、右の拳でリュウトの頬を殴りつけた。同時に首元に隠していたペンダントを引きちぎりながら奪い取る。


「これで武器は使えない。ああそうだ、ルイとお友達のを取ってきてくれないか?暴れられては困るからな」


 ルイの父親が言った瞬間、来客者の中から二人の滅殺者スレイヤーが現れルイとトウヤの背後に立つ。そしてルイの母親は指示通り、トウヤとルイのペンダントを取り上げた。


「母さん、どうして……?」

「……あの人に従いなさい」


 ルイの母親からペンダントを受け取ると、ルイの父親はリュウトを蹴って転倒させる。うつ伏せの状態になったリュウトの背中に左足を乗せると、腰に差していた剣を抜く。


「待て!滅殺者スレイヤーとは言え、子供に危害を加える事は許されんぞ!」


 従姉妹の父親が自身の警察手帳を出しながら左脇のホルスターに隠していた拳銃を向けた。

 ルイの父親はゆらりと首を動かし銃口を見つめる。数秒じっと見つめた後、リュウトから離れ従姉妹の父親に近付くと、何の容赦もなく腰に下げていた剣を抜き勢いのまま斬り伏せた。


「何を言いますか……警察如きが」

「あなた!!」


 従姉妹の父親は目を見開きながら歯を食いしばり、ルイの父親を睨む。だが力無く膝から崩れ落ち、地面へと倒れ込んだ。

 従姉妹の母親が駆け寄りすぐに容態を確かめる。傷は右の脇腹から左の肩にかけて斬られていた。


「なんだよあれ……!」

「ヤバい、逃げろ!!」


 その瞬間、大勢の来客者が悲鳴を上げながら会場から逃げ出し始めた。家の中へ隠れたり、車庫へ向かい車で逃げようとする。

 ルイの父親はそんな来客者の悲鳴を聞いて小さく笑みを浮かべると、まるでその声を浴びるかのように両手を大きく天へと掲げた。


「ははは、これはいい。この世で最も強いのは力のある者だ。権力や金などその追加価値に過ぎない。だから今こうしてあなたは何も出来ない」


 ルイの父親は従姉妹の母親など気にもせず、従姉妹の父親の髪を掴み頭を自身の口元へ近付ける。


「だから……大事な娘も救えないんだ」


 従姉妹の父親は、耳元で聞こえた声に歯を食いしばる事しか出来なかった。ルイの父親はそんな無様な姿を鼻で笑うと頭を無造作に離し、今度はリュウトの方へ視線を向ける。


「君もだリュウト君、あの時は私と君に力の差があった。だが今はどうだろうか?力もあり権力もある私の前にこうして膝まづいている」


 ルイの父親はコートの胸ポケットに左手を入れると、取り出した物をリュウトにも見えるように差し出す。それは赤紫色をした淡く光るビー玉程の魔鉱石まこうせきの塊だった。


魔鉱石まこうせきだと!?」

「正解だ、マナ先生の教育は行き届いているようだね。ならば後はわかるだろ?」


 ルイの父親は魔鉱石まこうせきを握り締め魔力を放出させると、右手に赤黒いレイピアのような細剣が出現させる。刀身の根元から切っ先までの刃が枝のように不揃いに曲がり、前の軟体の悪魔に似た腐敗した魔力を持つ正しく魔装具まそうぐであった。


「これが私の剣だ、この禍々しい魔力……惚れ惚れしないか?」


 まるで自分の愛しい人を見るような目付きで魔剣を自慢するルイの父親。その愛着心はどこか寒気を覚える程に溺れている。


「こいつで何かを斬ったことはまだ無くてね、最初は君に決めていたんだ」


 ルイの父親は再びリュウトの首筋へと魔剣を向ける。

 睨み付けるリュウトを優越感に溢れた目で見下ろしていると、思い出したように眉が上がった。


「そういえば、君は教会で大切な仲間達を殺されたらしいね。とても寂しかっただろう……今すぐ会えるようにしてあげるよ」


 ルイの父親が言った瞬間、リュウトは目を見開き怒りに打ち震えながら睨み付ける。だがそんな目でさえも、ルイの父親にとっては甘美にも負けない至福の時だった。


「ではさらばだリュウト君、向こうの仲間によろしく」


 そう言って魔剣が振り下ろされた瞬間、刃がリュウトの首へ向かう直前に乾いた爆発音が二回響き渡った。

 同時にルイの父親の悲痛な叫びと、宙を舞う魔剣がリュウトの近くへ落ちる。音のした方へ視線を向けると、斬られた従姉妹の父親が拳銃で先生の右手を撃ち抜いていた。

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