家族の好意


「まさか伯父さんと、伯母さん?」


 ルイが軽く駆け寄ると、夫婦はこちらに向き直り目が会った瞬間笑顔が零れる。何処と無くだが、男性の方の面影がルイと似ている。


「おお!ルイ君じゃないか!」

「候補生になってから見かけてないから、元気そうでよかったわ」


 ルイが右手を差し出すと夫は直ぐにその手を握り返し、妻もまた優しく手を握り会う。後から歩み寄って来たリュウトとトウヤは、見知らぬ夫婦に困ったような視線を向けている。

 すると夫の方がリュウト達に気付き僅かに首を傾げた。


「おや、その子達は?」

「僕の候補生仲間です。トウヤとリトです」


 ルイはニコニコ笑顔を浮かべながら、二人の背中を押して夫婦の前に進ませる。


「よろしくお願いします」

「よ、よろしくです」


 挨拶を終えたリュウトとトウヤの間に顔を近づけると、二人の耳に近い位置で囁く。


「ほら僕が探している従姉妹の両親だよ。でも僕が話した事や探している事は内緒にしておいてくれ、心配させたくないんだ」


 ルイの連れて行かれた従姉妹の両親。その言葉を聞いた瞬間、僅かに表情が険しくなったリュウトとトウヤ。

 二人に生気が無かったように見えたのはそのせいなのだろう。


「僕の立場が言うのも何ですが……伯父さん達も、大丈夫ですか?」


 申し訳なさそうに問うルイを見て、従姉妹の父親は小さくため息を吐きながら優しく笑みを浮かべた。


「ルイ君は気にしなくていいよ、あの子を一番気にかけてくれているからね。ただ、一年以上経った今も進展は無い……」

「そうでしたか……」


 従姉妹の父親が肩を落とすと、ルイもそれ以上言葉を返すことは無かった。

 そんな二人の姿を見て、数ヶ月前の自分を思い返すリュウト。もっと何か出来たんじゃないだろうかと幾度となく後悔してきた。


「これでも長年警察官の家系だからね、私も立場的には上の方にいる身ではあるんだが……それを行使してもあの事故の結果以来わからないんだ」

「事故?」


 リュウトが聞き返すと、ルイは視線を合わせまるで話を合わせるよう小さく頷いて合図を送る。それを察した二人は合図を返さずに話しに溶け込んだ。


「そうか、二人には話した事が無かったね。伯父さん達には娘がいたんだ」

「その娘さんが事故に?」


 従姉妹の存在すら初めて知ったように言葉を返すトウヤ。

 すると従姉妹の父親は小さく息を吸うと、まるで頭に重りでも乗せられているかのように、重苦しく首を縦に振った。


「ああ。僕と同期で本部に入ったんだが、支部に研究員候補生として推薦され、彼女はそれを承諾したんだ」

「元々荒々しい事には向かない子だったんだが……転入の数日前から雰囲気が変わったと友人から聞いている。何か思い悩んでいたんだろうか」

「すみません……」


 謝るルイに、従姉妹の父親は俯き加減に首を横に振る。


「君が気にする事ではないさ。話を戻すけど、その後支部で大きな火災事故が起きてね。娘も含めた候補生全員が亡くなったと知らされたんだ」

「そんな事が……」


 ルイからも聞かされていなかった話しにトウヤはただ呟く事しか出来なかった。


「私達はすぐに支部の方へ連絡した。だが研究施設だから場所は教えられない、遺体も残らない程燃えてしまったの一点張りで……結果的に戻ってきたのは娘が使っていた衣服や教材だけだった……」

「何だよそれ……!」


 明らかにリュウトの声色が変わった瞬間だった。右の握り拳は皮が擦れる音をさせ。瞳の奥からは怒りがふつふつと湧き上がっている。

 だが従姉妹の父親の方は、話し疲れたのか精神的に重くなってしまったのか、話しを中断して椅子に座り込む。

 見かねたルイが従姉妹の父親に代わって口を開いた。


「その後、ちゃんとした真相を聞く為に伯父さんがここに来てくれたんだ。ほら、あの支部は僕の祖父でもあるマスター・ベインが指揮しているからね」


 ルイが怒りにも呆れ顔にも見える表情を浮かべ、近くの屋台に並べられた飲み物を一つ手に取る。


「家系で言えば、妹の旦那のお父さんだ。遠い親戚と言う訳でもない。だが祖父が返した言葉は謝罪だけだった。やはり中の事は話せないってね」


 ルイは従姉妹の父親の近くの壁に寄り掛かると、中に入ったオレンジの炭酸ジュースを一気に飲み干す。中年のおじさんが酒を飲み干した後に出すような、名家には似つかわしく無い声を鳴らした。


「そしたら最後は母さんだよ。大事なめいを亡くしているおじさんに向かって「用が済んだらすぐに帰れ」って……僕はもう本部で候補生になっていたから、この話しを聞いたのは後だった……我が親ながら許せなかったよ 」


 まるで酒に呑まれ荒くれている男のような態度のルイを見て、リュウトは本気で彼が怒りに溢れているのを感じる。

 従姉妹を助けたい思いと同時に、家族へのやりきれない後悔と怒り、全てか混ざり合ってルイを動かしていた。

 そんなルイと心労の父親を落ち着かせる為、従姉妹の母親が全員分のお茶を持って戻ってくる。リュウトもアルミ製のコップを受け取ると、夏の暑さとは違う優しい温かさを持っていた。


「それからはこの家と絶縁状態だったのだけれど、旦那様の逮捕の話しもあって、かなり弱っていると知ってね……やっぱり家族なのよね。心配で今回は来てみたのよ」


 従姉妹の母親が話すと、父親の方がお茶を飲みながらため息を吐く。


「警官になりたての頃、家族だけは大切にしろって物凄く怒られた事があったんだ。まぁその話しはいい。弱ってる所を狙ってるようで悪いが、娘の情報もわかればありがたいんだけどな……ん?」

「なんだろう、向こうが騒がしいな」


 父親が呟き、残りのお茶を飲み干そうとした時だった。

 パーティー会場で一番賑わいを見せていた庭の中心付近で来客達のざわめきが聞こえ始める。

 気になった従姉妹の両親とルイ達が中心付近へ歩みを進めると、一人のドレスを着た女性の挙動がおかしい事に気が付いた。泥酔して千鳥足なのとは違い、まるで体の中にある物を抑え込もうとしているような動作に似ている。


「こちら警官をしている者です。どこか体調が悪優れませんか?」


 従姉妹の父親が仕事で使う手帳を出しながら女性の元へ歩み寄る。

 警察が来たとあってか、女性と父親を残すように来客達は数メートル下がってぽっかり空いた円を作り出していた。


「お客様、だいじょ――」


 従姉妹の父親が右手を女性へ伸ばしたその時だった。女性は蹲り身体を震わせると、背中から人間では持ち得ないコウモリに似た黒い翼が皮膚を突き破って現れた。

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