曇り夜のパーティー
ルイの邸宅に訪れてから数時間が経った頃、空も茜色から徐々に夜空へと変わり始めている。どうにかバレずに済んだ三人は落ち着いた心境の中、ルイの部屋でくつろいでいた。
「いやぁそれにしても流石名家の生まれだな、こんな広い部屋見た事ねぇぞ?」
自分が住んでいる寮の十倍近くはあろう広い部屋に置かれたソファに座りながら、辺りを見渡すリュウト。机を挟んた相向かいに腰掛けているルイは苦笑いを浮かべながら首を横に振った。
「よしてくれ、僕は広すぎて落ち着かなかったんだ」
「あれ、あそこは何かを作ったの?」
二人とは違い、部屋の散策をしていたトウヤがとある一角を指す。家具でカモフラージュされており、よく見ると優雅な部屋に似つかない木の板で作られた三メートル程の正方形が息を潜めていた。
塗装や劣化防止の保護もされておらず、木材が木材としてそのまま剥き出しの状態で鎮座している。
「ああ、あれはプライベートルームのような物さ。ここに住んでいた頃は広過ぎるから小部屋を作ったんだよ」
「へぇ〜」
ルイとリュウトは立ち上がると、プライベートルームと呼んだ正方形の建物に歩み寄る。ルイが木の板に付いているドアノブを回し引くと、人一人がようやく通れそうな程の大きさに開いた。
「おおー中は……本当に狭い部屋だな」
開いた扉から入る光だけの中には机と小さな本棚。そして窓が無い為、小さな照明がいくつか置かれていた。
妙な閉鎖感があるからか、リュウトは不思議と居心地が良いように感じ始める。
「二人にとっておきを見せてあげよう」
少しワクワクした様子のルイが二人を小部屋の中に入れると、しっかりと扉を閉めて全ての明かりを点ける。四隅に置かれたスタンドライトと机に置かれた小さなランプで薄暗かった小部屋は外の広い部屋と変わらない程明るくなった。
「結構明るいな」
「三人だからちょっと狭いけどね」
「そろそろ良いかな。二人共一度目を瞑っておいてくれ」
二人が目を瞑ったのを確認すると、ルイの気配が僅かに遠のくのを感じる。そしてスイッチの音と共に瞼越しでも明るかった部屋が暗くなったのがわかった。
「よし、開けてみてくれ」
ルイの言葉で目を開けると、入る前は見えなかった小さな星の
三メートル程の小部屋にいた筈が、まるで夜空の下にいるような感覚に包まれる。
「おお――」
「綺麗だね」
星の大きさや位置を工夫しているのか、本物の夜空でも見た事のある星座が描かれている。口を開け体をゆっくりと回しながら見上げる二人に、ルイは満足そうな表情を浮かべた。
「これが僕のとっておきさ。この星は違うけど、本物の星々にはそれぞれ世界があり、人々が暮らしていると
ルイは自身の背中に両手を回しゆっくりと星を見上げる。
「それぞれの世界?」
「詳しくは教えてくれなかったが、きっとこの星のように人が住んでいるんだと思う。いつか行ってみたいものだね」
リュウト達はルイの言葉に無言のまま星を見続けていると、突然広い部屋の扉のノック音が聞こえてくる。ルイが慌てて小部屋の扉を開けて出て行くと、まるで現実に引き戻されたかのように、星の光よりも部屋の明るさの方が勝ってしまった。
「ルイ様、パーティーの支度が整いましたのでお庭の方へお越しください」
「ああ、わかったありがとう」
仕方なく後に続いて二人も小部屋を出ると、メイド服を着た女性がルイに深々と頭を下げていた所だった。
「それではお待ちしております」
三人に背を向けて出ていく直前、使用人が再び振り返る。
「それと奥様より盗難防止の為、貴重品は各自で見えないように保管してほしいとの事です。それでは失礼しますね」
メイドは再びルイ達へ一礼すると、静かに扉を開けて部屋を出ていった。
ここへ来て盗難防止という単語を聞いてリュウトは眉を傾げる。
「なんだよ盗まれたりするのか?」
数秒の間が空いた後、ルイは言いにくそうに表情を僅かに歪めた。
「……ああ、相手は有名な人だったりお金持ちが多いから、どうしても目がくらんでやりかねない輩もいるのさ。そう言う時は探すのも一苦労だから貴重品は隠したり持ってこない事が最善なんだ」
そう言って
「まぁ僕らの貴重品と言えばこれだろう。さぁお腹も空いたし行こうか」
ルイを先導に部屋を後にすると、エントランスの中央階段を降りて玄関へと歩みを進める。開かれたままの玄関を抜けると、昼間とは違い庭を埋めつくさんばかりに人が溢れていた。
小さな屋台の中でたくさんの食事が調理されては椅子の無い立食パーティー式の丸いテーブルへ運ばれて行く。
「す、すげぇな……」
「俺もこんな豪華なのは映画で観たくらいだよ」
今まで実物では見た事が無かった光景に目を輝かせるリュウトとトウヤだが、ルイだけはどこか濁った微笑みを浮かべる。
「慣れたらそうでもないさ、まずは腹ごしらえかな。行こう」
やけに塩対応なルイに連れられて、屋台が並ぶ場所を散策する三人。どれも高級そうな食材が並び、手際のいい料理人が次々と調理していく。
「ルイ様、お友達様もよければいかがですか?こちら最高級の牛をローストビーフにした物です」
「ありがとう、それではいただくよ」
初めは好物の肉料理に歓喜していたが、周りの雰囲気は口元を隠しながら食べると言うより、話している人の方が多い。
上品な空気も漂うせいで、空腹に身を任せて食べたいリュウトはもどかしさに駆られルイの言葉が蘇る。
「何かさ、お前の言ってた事がわかったよ」
「ん?」
そんな中でもルイはこの暮らしをしてきたからか、慣れた手つきで食事をしていく。リュウトとトウヤはお互いの皿に視線を向けた後、見つめ合いどちらからとも無くゆっくりと頷き合った。
「いや何でもねぇ。明日帰ったら、三人でファミレスか牛丼屋でも行かねぇか?」
リュウトの言葉を察したのか、ルイは食べる手を止めてにっこり微笑みながら頷いた。
「楽しみにしているよ。おや、あの姿はまさか――」
突然、ルイがリュウトの後方に視線を向けて覗き込む。思わずリュウトも振り返ると、そこには立食用のテーブルから離れた場所にある椅子に腰掛けたまま、静かに食事をする夫婦の姿を見つけた。
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