名家の生まれ
「おお……」
「これは凄いね……」
ルイが招待状を渡してきた翌日、約束通り車と共に二人を迎えに来た。黒塗りで少し車体が長く、中はゆったりと座れる程快適な空間となっている。
「お待たせいたしました。リュウト様、トウヤ様、どうぞお乗り下さい」
運転席から出て来た黒いスーツを着た初老の男性に言われるがまま乗り込むと、車は驚く程にエンジン音を出さないまま目的地へと走り出した。
「おはよう。そういえば宿題の方は大丈夫だったかい?」
「まぁな、ギリギリ徹夜は免れたよ……」
だがそう言ったリュウトの目元には、僅かにクマが出来ている。トウヤの方も同様に疲れの跡が残っていた。
「少し無理させてしまったかな?」
「いや、大丈夫だよ」
「友達の誘いだから断りたくなかったんだよね?」
あくまで冷静を装うとするリュウトに代わり、トウヤが不敵な笑みを浮かべる。その途端、リュウトは焦り気味にトウヤの口を手で塞ぐ。
「バッ、言うなよ!」
「ふふ、そう思えてもらえてありがたいよ」
焦るリュウトを見て、ルイの中で僅かに残っていた小さな不安が消えていく。
もしかしたら来てくれないんじゃないか――。模擬戦の件や廃墟の事も含め、リュウト達に信頼が無いのではと思っていたルイ。だが目の前の二人を見て、それが杞憂だった事に一先ずの安心を覚える。
そんな三人の姿をバックミラーから見ていた執事らしき初老の男性が口を開く。
「そう言えばルイ様も、昨日はお部屋の明かりが遅くまで着いておられましたが、よく寝られましたか?」
予想だにしなかった話題を持ち込まれ、途端にルイの顔は赤くなる。恐る恐る二人を見ると、ニヤニヤと不快な笑顔を浮かべていた。
「もう……それは言わなくていい!」
「おやおや、これは失礼。ルイ様がお友達を連れてくるのは初めてなもので、私もつい舞い上がってしまいました」
初老の男性の話を聞いて、リュウトは改めてルイの方へ視線を向ける。視線が合うとルイは何も言わずに首を縦に降った。
「まぁ、実はそうなんだ。母さんは忙しいし、父さんは教師をしていたからね。だからこそ一緒にいたあの子が居なくなったのが辛かったんだ」
「例の
言葉を詰まらせるようにルイは口を噤みながら小さく頷く。先程まで穏やかだった表情は一瞬にして寒さを耐えるような辛いものに変わっていた。
「どんな結果になっても彼女を見つけ出したい。ああ、そういえばあの子のご両親も今日は出席してくれる事になっている。ぜひ話してみるといい」
「さぁ皆様、着きましたよ」
街から少し離れた郊外にその家と敷地はあった。到着した正門から真っ直ぐ整地された道の奥に建つ豪邸まで、百メートル程の距離。その間を綺麗に整えられた芝生の庭がどこまでも広がり、休憩場所としても使える大きな噴水も存在感を表していた。
まるで世界的に有名な俳優が構えるような敷地の広さと家の豪華さをしている。
「す、すげーな……」
「僕も帰るのは久しぶり何だけどね。そうだリュウト、これを使ってくれ」
車から出たルイは、リュウトに長方形の個箱を手渡す。リュウトはそれを受け取ると、中には縁が大き目な黒い眼鏡だった。
「……お前マジでこれで行けると思ってんのか?」
「母さんはリュウトの存在は知ってても顔まで見てない。名前も今だけは……リトでいこう」
「それではルイ様、他のお客様をお迎えに上がりますのでこちらで失礼します」
執事が正門を開けると、そう言い残して車を再び走らせる。
残された三人は門をくぐりルイの家の敷地内へと足を踏み入れた。
広い庭には何本かの木も植えられており、よく見ると巨大な池も造られている。その光景は庭と言うより大きな広場にも感じられた。
「そういえばあの執事さんは大丈夫なの?リュウトの名前まで聞いてるけど」
「そういやそうだな。大丈夫なのか?」
家へと歩きながら、ふと疑問に思った事を口にするトウヤ。だがルイはその質問に静かに頷いてみせる。
「彼はずっと僕に仕えてくれてる人だ、生まれて間もない頃からね。何ならこの前の廃墟探索の事も知っているよ」
「それなら一安心かな」
信頼のおける人だと知って微笑むトウヤ。そんな会話をしていると、正門から見た時ですら大きかった豪邸の玄関へと到着していた。
「それじゃあ先ずは母さんに挨拶に行こう。それさえ終われば後は終わったも同然だ」
そう言うとルイは三回扉をノックして玄関の取っ手に手をかける。大きく扉を開け開くと、中にはパーティ前の受け付けで人が溢れていた。
受け付けをする女性の元まで向かう途中、ルイの姿を見た来客は体をルイの方に向けて頭を下げていく。改めてルイの家柄が名家である事をリュウトとトウヤは改めて思い知らされた。
「ルイ様、お帰りなさいませ」
「ただいま。受け付けは今大丈夫かな?」
メイド服を着た女性が笑顔でルイに挨拶すると、奥に立っていたリュウトとトウヤに視線を向ける。
「はい大丈夫ですよ。そちらの御二方はルイ様のお連れ様でしょうか?」
「トウヤ、リト。こっちに来てくれないか?」
エントランスとは言え沢山の人と豪華な装飾に圧倒されながらルイの元へ歩み寄る二人。環境に慣れていないからか、表情が妙に固くなっている。
「二人は僕の友達だ。母さんからの許可も招待券もあるよ」
「はい、参加者リストに記録しました。それでは一度奥様へ挨拶をお願いします。きっとルイ様のご帰宅をお待ちしている筈ですよ」
ルイが軽く頭を下げ、つられて会釈する二人。人の波を抜けてエントランスの中心にある半円状の階段を上がると、母親が居るであろう部屋へと向かう。
エントランスの喧騒が僅かに小さくなる程の距離にある扉の前で歩みを止めると、ルイは深呼吸をしてから扉をノックした。
「ただいま戻りました、ルイです」
「……入りなさい」
中から疲労感漂う女性の声が聞こえると、ルイは取ってを掴んで扉を開ける。
一緒に入ろうとするリュウトとトウヤに、手を前に出して一度待つように促すルイ。意味がわかった二人は無言で頷きその場に留まった。
「おかえりルイ、調子はどう?」
部屋の中は薄暗く、レースのカーテンから入る日差しだけが唯一の明かりとなっていた。そんな部屋の窓際にある椅子に一人の女性が腰掛けている。
「僕は大丈夫です。母さんの方は?」
母さんと呼ばれた女性はゆっくりとルイの方へ顔を向ける。食事を摂っていないのか、表情にも覇気が無くどこかやつれていた。
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