彼等が生きた証の行く末
マナと別れた後、電車に揺られて約二時間。本部がある街よりも暑さが和らぐ田舎町へ到着した。
リュウトとリサは、駅から地図を頼りに目的地を目指して歩いている。
「お!ここが一軒目かな」
リサは一枚の紙を取り出すと、改めて住所を確認する。目の前には、時代を感じさせる古いアパートが建っていた。二階へ行く階段は所々が茶色く錆びており、外壁も塗装が禿げて劣化している。
「アパート? 何だね」
「ここに彼女さんが居るはずなんだ。ご両親は亡くなってしまってるから」
アパートへ歩き出そうと一歩目を踏み出した時、ガチャリと雑音に近い金属音が聞こえてくる。蝶番が軋む独特の音を響かせながら、二階のとある部屋のドアが開く。
そこには濃い化粧をして、青い短めのワンピースを着た女性が出て来た。部屋の番号を確認すると、亡くなった
「あ、すいま――」
彼女だと確信したリサが歩み寄りながら声をかけようとした時だ。開けっ放しのドアから別の男が姿を現し、施錠すると手を繋ぎながら楽しげにアパートを去っていく。
リサは話しかけるのを止めて、その二人を睨むように姿が見えなくなるまで見つめていた。
「……」
「リサ?」
リュウトが呼びかけると、リサは元来た道を引き返し駅へと歩き始める。確認に使っていた紙は、近くのゴミ箱へとクシャクシャに丸めて吐き捨てるように投げ入れた。
「ここはもういいや。このペンダントは回収にしておく。行こうリュウト」
初めてリサに冷たい感情を覚えたリュウト。その顔はどこか引き攣り怒りを抑えているように見えた。
再び電車に乗り、数十分の時が過ぎる。
到着した駅を降りた先は、先程の田舎町とは違い普通の民家が密集した住宅街だった。
「二軒目はここみたい。彼は結婚してなかったけど、ご両親が健在なんだね」
駅から数軒奥の家でリサは足を止める。だが一人目の件もあってか、そう言ったリサの顔はどこか浮かない表情をしていた。
心配そうにリュウトが見つめていると、リサはインターホンを押して中の人のを呼ぶ。
出てきたのは父親と思われる初老の男性だった。
「どちら様かな?」
「あの、
リサがそう言った瞬間、リュウトでもわかる程明らかに父親の顔から血の気が引いていく。そしてゆっくりと俯き、何かを耐えるように声を震わせながら呟き始めた。
「……ああ、そうか。……そうか」
明らかに落胆する父親。その姿を見たのか、家の中から母親らしき女性が玄関から飛び出してくると、父親の横を通り抜けコップに入った液体を勢い良くリサの顔面に向けてかけた。
突然の事態にリュウトも父親も驚いて母親の方へ視線を向ける。母親の顔は、今にも食い殺そうかと言わんばかりに憤怒の表情を浮かべてリサを見つめていた。
「お前!何してるんだ!?」
「帰れ!この人殺し!息子を見殺しにしておいて何が人を守るだッ!!」
「いい加減にしろ!!」
勢いが収まらない母親が空になったコップをリサへ投げようとした瞬間、リュウトがリサの前に立ち、父親が母親のコップを持つ手を抑え込む。
母親は父親の言葉など聞かず、もう一度リサへ投げ付けてやろうと構えたその時、前に立つリュウトと目が合った。
その瞬間、
「そんな……どうして、どうしてなのよ……」
母親は顔を覆いながらその場で膝から崩れ落ちると、子供のように大声で泣き始めた。父親はため息を吐くと、母親を抱きしめ優しく背中を擦る。
「……すまないが帰ってくれ、もちろん息子は引き取る。ペンダントもそこに置いておいてくれ。ありがとう……」
「はい、では……」
リサはそう呟くと、コートのポケットに入っていた長方形の子箱を父親の足元に置いて、小さく一礼して足早にその場を後にした。
駅に着き電車に乗り込むと、人が乗ってない事を確認してからびしょ濡れになった顔と髪を拭き始める。リュウトがリサの顔を覗き込むと、タオルの影のせいか目に光が失われているように見えた。
「リサ大丈夫?」
流石のリュウトも
「うん、ただの水だったから大丈夫だよ」
髪や顔からは水滴が無くなったものの、水を含んで濡れているコートだけは脱がずに表面だけを吹いていく。
「コート脱がないの?風邪引くよ?」
リュウトは思わず疑問を投げかけた。リサは一度自分のコートの濡れ具合を確認した後、苦笑いを浮かべながらゆっくりとリュウトの言葉に同意する。
「わかってる。でもこのコートは脱ぎたくないんだ」
「どうして?」
リサは顎に手を当てて考え始める。そんなに難しい質問をしたつもりが無いリュウトも思わず首を傾げた。
「んー……私もそうだし、
「象徴?」
リュウトの聞き返しに、ゆっくりと頷いて答えるリサ。そして湿ったコートをまるで生まればかりの赤ん坊を撫でるように優しく触れていた。
「うん。まぁ
「どんな言葉なの?」
リュウトの質問にリサは小さく微笑みながら顔を向ける。その優しい瞳の奥には、決して揺らぐ事の無い強い何が見えたような気がした。
『魔を纏い魔を祓え』
リサがそう言ってリュウトから向かいの車窓へと視線を移す。その間リュウトの意志とは関係なく心の奥底で何かが騒めくような感覚を覚えた。リュウト自身の意志とは違う感情にも関わらず、どこか心地良いものを感じる。
「まぁずっと昔の言葉らしいんだけどね」
「魔をまと、え?」
「ふふ、今は覚えなくて大丈夫。さぁ次の駅で降りるよ、最後のペンダントを届けに行こう」
リサはリュウトの頭を優しく撫でると止まった電車の出入り口へと歩き出す。出発の時とは違い、その手はもう震えていなかった。
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