不安の波


 寮へと続く帰り道の途中、リュウトは廃墟での出来事や人型悪魔の最後の言葉を思い返していた。レンやルイの親戚の為に真実を隠さなければ行けない事や、自分は魔帝と呼ばれるものの何なのか。考えれば考える程、底が無い沼に沈んで行くような気分だった。


「お、やっぱり帰って来たか」


 地面を見つめたまま歩いていると、覚えのある声が聞こえて来て前の方へ視線を上げる。寮の敷地内へ入る塀の前でタバコを咥えたまま手を振るリサと、壊れた廃墟の疑いを晴らしてくれたリサが立っていた。


「おかえりリュウト」

「歩いて体は大丈夫そうか?」

「もう大丈夫だと思う……」


 病院では元気があったはずのリュウトを不思議に思い、歩みが止まったリュウトへ歩み寄る二人。


「おいおい、具合いまだ良くねぇのか?」

「いや、そんな事は無いよ。ちょっと疲れただけ」


「それならいいけど……」と言ったマナはリュウトの背中を優しく擦りながら寮へと一緒に歩く。そんな二人の後ろ姿を見つめていたリサは、何かを思い付いたような表情をして二人に声をかけた。


「あ、そうだマナ。さっきのやつさ、私とリュウトで行ってこようか?」


 突然の提案に驚くマナと、何が何だか分かっておらず首を傾げるリュウト。

 だがリサだけは自慢気に優しく微笑んでいた。


「お前、まだリュウトは具合い良くなさそうなんだぞ?」

「だからこそだよ?ちょっと違う環境に身を置いて、気分転換でもしなくちゃ。もちろん適当に何か言ってないよ?」


 滅殺者の中でも医療に関して多くの知識を持つリサ。彼女に言われてしまっては、軽い手当しか出来ないマナはぐうの音も出せない状況だった。

 そしてリサも言い出したら聞かない事を分かっているからこそ、頭を掻きながらマナは溜め息を漏らす。


「そりゃわかってるけど……はぁ、リュウトはどうだ?」

「そもそもどこへ行くってんだよ……」


 話していなかった事に小さく驚いたリサは、黒いコートのポケットから小さな革製の箱を三つ取り出す。その内の一つを開けると、中には擦り合わせたような傷が無数に付いたペンダントが入っていた。


「これは?」

「リュウトがあの廃墟で悪魔を倒したでしょ?その前に戦って殉職した滅殺者スレイヤーのペンダントなの」


 リサの言葉を聞いた瞬間、まるで自分だけ重力が強くなったかのように全身を重苦しい何かが襲う。三つのペンダントは廃墟探索で見た三人の滅殺者スレイヤーの物だった。


「そうなのか……」

「これは滅殺者スレイヤーになると貰えるんだけどね。自分を記す為のドッグタグみたいな物かな。戦って死んでしまう事も少なくないから……」


 リサはリュウトの顔をじっと眺めながら箱を閉じると、再びポケットへしまい込む。二人の光景をマナは二度目の溜め息を吐いてから口を開く。


「それを故人の親族や親しかった人に届けるんだ。中には遺体が無ぇ場合もあるからな。まぁ今回も三人の内一人が見付かってねぇ状態だけど」

「だからこれを先に届けながら殉職した事を報告して、遺体がある場合は引き取ってもらえるかのお話しをするの。だけど今は廃墟の件で人手不足だから、ちょうど帰って来た私が引き受けたって感じかな?」


 リサは僅かに曇った笑顔をリュウトに向ける。マナも申し訳なさそうにリサへ小さく頭を下げた。


「それでこれをご家族の元へ届けるのにリュウトもどうかなって。目的はちょっと軽いものではないけど、勉強も含めてリュウトの気分転換になるかもって思ったの。無理強いはしないけど、どうする?」


 リュウトはゆっくりと俯きじっと地面を見つめる。体調が悪い訳ではないが、決して良いとも言えない。

 だが再び顔を上げるとリサに向かって首を縦に振った。


「うん、行ってみる……」

「よし!実は一人だとちょっと不安だったんだ、それじゃあ行ってみよう」


 リサは微笑みながら頷くと、リュウトと共に駅の方へと歩き出す。そんな二人の後ろ姿をマナはジッと見つめながら浮かない表情をしていた。


「本当に体調が良くなかったらごめんね。暑いから途中で飲み物でも買おうか」

「わかった……」


 リサがチラリとリュウトの方を見ると、相変わらず俯き加減のまま自身の横を歩いている。


「あの廃墟は覚えてる?私とユウキがリュウトを看病した所なの」

「覚えてたよ。それで部屋にも行ってみたけど何も無くなっててちょっと驚いた」


 話すのが辛いのかよそよそしいのか、リュウトは覇気の無い声で廃墟での話しをする。


「あれは病院から持ってきた物だったからね……しかも無断で。だからリュウトを送ってからすぐに戻したの」

「そうだったんだ。でもどうしてあそこだったの?」


 マナはリュウトの質問に答えにくそうな表情を浮かべる。するとその顔を見た瞬間、リュウトの表情がより一層不安に押し殺されそうなものへと変わった。


「ああ――心配させてごめんね!あの時のリュウトは魔剣の力が溢れてて病院に連れてくには危険だったの。気を失ってたし……だから臨時でユウキがあの場所で治療出来るように許可を得たのよ」

「そう、だったんだ……」


 落ち込む姿を見て焦ったのか、慌てて真実を話してくれたリサ。リュウトは自身の中で押し寄せてきた不安の波が少しづつ弱まっていくのを感じた。


「あの時のリュウトはトウヤ君が魔装具(まそうぐ)を手に入れた時より状況も状態も危険だったからね。一人で戦えただけでも凄いんだよ?」


 そう言ったリサはまるで母親のようにリュウトの頭を優しく撫でる。何だか擽ったい感覚にリュウトは無言で頷く。


「そうか……」

「これでわかってもらえたら良いんだけど……。リュウトが思ってる程、深刻な事は無いと思うよ?」


 リサがそう言うのだから間違いは無いのだろう。まるでリュウトが今心に抱えている悩みを全て知っているかのように優しい言葉をくれる。

 リュウトは小さく微笑むと、リサの方に顔を向けた。


「うん、ありがとう」

「それじゃあ行ってみようか、ちょっと辛くなるかもしれないけど、二人で行けば大丈夫!」


 そう言ってリサは拳をリュウトの方へ突き出す。意味がわかったリュウトはその拳に自分の拳を優しくぶつける。

「おー!」と言いながら子供のように無邪気に駅へ向かうリサ。しかしその拳が僅かに震えていた事にリュウトは気付いていた。

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