瓦礫となった秘密


 リュウト達が廃墟での戦闘を終えた二日後。

 本部の近くにある病院の廊下を歩くマナの姿があった。マナは籠に入ったお見舞い用の果物を持ってとある病室へ向かう。目的の病室へ来るとノックもせずに勢いよく取ってを引いて部屋へと入った。


「おーい居るかー?まーた抜け出してねぇだろうなぁ?」


 軽く怒鳴るような、それでいて怒っている訳では無い声色で声を荒らげるマナ。病室には四台ある寝具のうち三台が使われていた。


「居るよちゃんと」


 呆れるような表情を浮かべながら呟くリュウト。その向かいにはルイが左足に包帯を巻いて座っており、ルイの隣にある窓際の席では、体に包帯を巻いたルイが寝転んでいた。


「はは冗談だよ。それにしても夏休み早々やってくれたなお前等。おまけにルイまで居るとは思わなかったぜ」


 マナはリュウトの近くにある来客用の椅子に座り込むと、お見舞いの籠を棚の上に置いた。「お大事に」と書かれたメッセージと共に栄養がありそうな果物が籠いっぱいに入っている。


「マナ先生、今回は僕が悪いんです。二人には探索の同行を頼んで……責めるなら僕をーー」

「んな事ぐれぇ分かってる。あんな歴史の教科書に載ってるような建物をこいつらが覚えてる訳ねぇしな」


 マナは鼻で笑いながら見下すような言動をとるも、決して悪意がない言い方にリュウトとトウヤは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら頭を搔く。

 二人を見てもう一度鼻で笑うと、籠からリンゴを三個取り出しポケットに入れていたナイフで皮を剥き始める。


「ところであの廃墟で何かわかった事はねぇの?」

「んー……言い辛ぇんだけど、一応わかったぜ」


 奥歯に物が挟まるような物言いのマナは、剥き終わったリンゴを皿に分けて三人に差し出す。再び椅子に腰掛けると、小さく溜息を吐いてから重たそうに口を開いた。


「お前等がボロボロで帰ってきたその日に何人かの滅殺者スレイヤーが向かったんだ。一応歴史のある物だし悪魔が出てるなら尚更な」


 そう言って病室なのにも関わらず、胸ポケットから取り出したタバコに火を点け始めるマナ。肺へ煙を送り込んだ後、三人には当たらないよう天井へ向けて紫煙を吐いた。


「でも行ってみたら建物はぶっ壊されてたんだ。完全に解体されたような状態だよ」

「え?」

「はぁ!?どう言う事だよ!」


 予想だにしてなかった答えにリュウトやトウヤも驚きが隠せなかった。自分達が疑われているんじゃないかと感じたルイは眉間に皺を寄せ、あくまでも冷静に立ち振る舞う。


「先生、言っている意味がわかりません……僕達が建物を離れる時は壊れていませんでした」


 ルイの考えとは裏腹に、マナは吸いきったタバコを携帯灰皿に押し込みルイの方へ視線を向ける。


「もちろんあたしはお前等を信じてるよ。でも実際建物は粉々に壊されてたんだ、ほれ」


 マナはそう言うとポケットに入れていたスマホを取り出しルイとトウヤに見えるように写真を向ける。そこには数日前に向かった廃墟が壊され、建っていた土地に瓦礫の山となって残されていた。


「そんでお前等に建物を壊した容疑がかけられた訳だ。傍から見りゃただの廃墟だけど、こっちとしては大事な建物だったみたいだからな」


 一人見られなかったリュウトもマナからスマホを借りて瓦礫の写真を見つめる。


「まじかよ……」

「僕達はどうしたらいいんですか?」


 マナはルイの質問に答える前に再びタバコに火を点ける。そして小さく口元を緩ませると、不安そうなルイに視線を向けた。


「まぁ安心しろ。結果的にはお咎め無しだ」


 マナの言葉を理解するのに三人は数秒無言で見つめた後、間抜けな表情を浮かべる。こうなる事を予想していたのか、見たかった表情が見れたマナは笑いを堪えながらお腹を抑えた。


「え、どうして?」

「ははは!……いやぁ悪ぃ悪ぃ。まず建物は壊されてたんだが、魔装具まそうぐ持ちが瓦礫の下で魔力を感知したんだ、しかも飛び切り異質な魔力をな」


 異質な魔力と聞いて三人の表情が僅かに引き攣る。ルイの左足とトウヤの胸部に傷を残した人型悪魔だと思ったからだ。


「そこで急遽招集されたのがリサなんだ」

「リサも行ったのか!?」


 リサは頷きながら立ち上がると、病室の端に移動して閉まっていた窓を開ける。途端に強い風がカーテンを勢いよく揺らす。


「ああ。それで瓦礫を退かしてわかったのが廃墟の下の方に大きな魔力の痕跡と、滅殺者スレイヤーの二名の遺体だった」


 マナの話しに三人は驚いた様子のぎこちない演技を見せる。悪魔の事は話したが、三人は口裏を合わせて滅殺者スレイヤーの話しはしていなかったからだ。


滅殺者スレイヤーの?」

「恐らくだけど、お前等が廃墟で戦った悪魔はその滅殺者スレイヤーを倒した奴じゃないかって事になったんだ。悪魔が潜んでた何て本部は知らなかったし、結果的には仲間の仇討ちになったから、お前等にはお咎めは無しって話しだ。よかったな」

「う、うん……」


 リュウトは答えにくそうに呟きながら写真が表示されているスマホを返す。マナは帰って来たスマホを胸ポケットに戻すと、吸い終わった二本目のタバコを携帯灰皿へとしまい込む。


「まぁ代わりに問題がいくつが出たけど、それは滅殺者スレイヤーに任せとけばいい。とりあえずお前等は傷をしっかり癒す事が先決だ」


 そう言うと開け放っていた窓を閉め、マナは病室の扉へと歩き出す。取っ手を掴んでスライド式の扉を開けると、思い出したようにリュウトへ向き直った。


「そうだリュウト、お前はもう退院して大丈夫だとよ。帰る時は道草食わずに家に帰れよ?」

「真っ直ぐ帰るから大丈夫だよ!」


 リュウトの言葉に手をヒラヒラさせながらリサは病室を後にした。

 マナの足音が遠のき、自閉機構じへいきこうが備え付けられた扉が独りでに締まり切ったのを確認すると、リュウトは小さく溜息を漏らす。


「まったく……それより、あの建物壊したのは誰だろ?」


 病室の中が静寂に包まれると、リュウトはルイの方へ視線を向けた。だがリュウトの質問にルイは首を横に振って返す。


「わからない。だが可能性が高いのは支部の滅殺者スレイヤーだろう。一人で逃げたあの女の人の可能性もある」

「だとしたら、俺達の動きを見てたって事だよな?」


 ゆっくりと頷いてみせるルイ。

 自分達が廃墟から本部へ戻り、事情を話して滅殺者スレイヤーが向かうまでに数時間しか無かったはず。その間に廃墟を粉々に砕く事なんて常人では到底出来ることでは無い。

 ルイは記憶の奥底から昨夜に会った滅殺者スレイヤーらしき女性を思い浮かべながら呟くように言った。


「あくまで可能性の話だけどね」

「それに見つかった滅殺者スレイヤーが二人ってことはさ、やっぱり倒した悪魔に……」


 トウヤが言いにくそうに人型悪魔の事を口に出す。だがそんなトウヤの心境とは違い、とどめを刺したリュウトはそこまで気にしている様子は無かった。


「悪魔に取り込まれたからな。それにアイツと戦ったのはもっと下だった。瓦礫に埋められたんなら、しばらくはわからないだろ」

「それにトウヤの気持ちも分からなくは無い。だがあそこでは戦うしかなかった。武器をとらねば全滅しかなかったと思う」


 二人の言葉にゆっくりと重そうに頷くトウヤ。その後は重苦しい雰囲気が病室内を漂い始め、三人の間を時間だけが過ぎてゆく。

 やがて居たたまれなくなったリュウトがおもむろに立ち上がり、自分の分で貰ったお見舞いの籠をトウヤの机に置いた。


「……ひとまず俺は退院していいみたいだから、今日は帰るよ。お前達もゆっくり休めよ」

「わかった、リュウトもね」

「すまないな」


 リュウトは小さく微笑みながら二人に軽く手を振ると、マナと同じように取っ手を引いて閉まるのを待つ事なく廊下を歩き出す。

 病院から外へ出ると、病室に居た時とは違う生暖かい空気が地熱のせいで不快な風へと変わっていた。

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