朝星と不安


「リュウト、良くやってくれた」

「うん、本当に――リュウト?」


 二人が声をかけながらゆっくりと歩み寄るも、リュウトは未だに剣を前に突き出したまま硬直している。まるで見えない何かをじっと見つめているかのように。

 呆然と構えたままのリュウトに再度声をかける。


「リュウト……大丈夫?」


 トウヤが優しく肩を叩くと、僅かに驚いた様子で二人の方へ視線を向ける。その目は人型悪魔に向けていた冷徹なものではなく、いつもの優しい瞳へと戻っていた。


「え?ああ、大丈夫だよ。てか俺よりもお前の方が大丈夫かよ」


 傷のせいか、トウヤは自力で立つ事が出来ずルイに肩を借りた状態でどうにか歩けている。斬撃が直撃した腹部の出血は止まっているようだが、キツめに巻かれた包帯は赤い色を染み込ませていた。


「……ひとまず外に出よう。暗がりの所に階段を見つけたんだ。また悪魔が現れてもこの状態では困るしな」


 リュウトは静かに頷くと、トウヤの空いている方の隣に立ち肩を貸す。人型悪魔が元凶だったのか、吐き気がする程の巨大な魔力は感じられなくなっていた。

 最下層を上がり地下を抜け、廃墟となった建物から出た頃には空が薄っすらと明るくなり始めていた。廃墟を抜けて、街へ続く道をゆっくり進む三人。

 だが戦闘の疲労が抜けないのか、トウヤの息が荒くなっていく。


「トウヤ大丈夫か?」

「うん、傷は大丈夫だけど、ちょっと休みたいかな……」


 二人に肩を借りているのも気を使うのか、トウヤはそう言うと二人から逃げるように離れて近くの岩に座り込む。


「ちょっと休憩するか、なぁルイ」

「わかった……」


 どこかぎこちない返事をしたルイもトウヤの隣りに座り込み、包帯を巻いている足を優しく摩る。


「痛むのか?」

「いや、大丈夫だ……」

「それなら良いけど……おお、空が明るくなってきたな」


 リュウトがふと空を見上げると、暗かった夜空が夕焼けとは違う優しい赤色へと変わり始めていた。


「……すまない二人共」


 休憩を始めてから数分後。朝星を見上げていると突然、ルイが呟くように言葉を零す。その声に二人は空からルイへと視線を移した。


「最初はただの探索程度と考えていたんだ。仮に悪魔が出ても魔装具まそうぐ持ちが三人いれば大丈夫だとふんでいた」


 自分の両手を握りながらルイは前屈みに座り込む。俯いているせいで表情は確かめられないが、話す声からして罪悪感に押し潰されそうな程弱々しくなっていた。


「だからってお前がそんな落ち込む事――」

「いや、君達には迷惑をかけすぎてしまった。確かに支部の動きや今回の悪魔の事で有力な情報源は得られたかもしれない。だがそれ以上に深手を負ってしまった」


 ルイは顔を上げて、自身の足の傷とそのあとにトウヤの胸部の傷を見る。

 悪魔に勝利し帰る事は出来たものの、その傷は決して小さいものでは無い。むしろ滅殺者スレイヤーを三人失っている事も含めれば、勝利とは言い難い戦績となっている。


「これ以上迷惑はかけられない。今回の事はこれで終わりにして後は――」

「なぁルイ」


 リュウトが力強い声色でルイの言葉を遮る。


「お前は向こうに連れてかれた大切な子を助けたいんだろ?それに家族が関わってるかもしれないから確かめたいって言ってたよな?」

「ああ……」


 トウヤと共に座っていたルイの前に立つと、頭を僅かに出し始めた朝日を背に浴びながら真剣な眼差しを向ける。顔を上げたルイの表情はまるで心細い子供のようになっていた。

 自信の無かった頃の自分もこんな顔をしていたのかな――。そんな事を思いながらゆっくりと右手を差し出す。


「リュウト……」

「俺もレンがどうしてあんな事になったのかを知りたいし、出来る事なら助けたい。その為にはお前の力が必要なんだよ」


 そんな二人の光景を痛む傷口を擦りながら見守るトウヤ。


「本当に優しいな君は……。それなら、協力して二人を助けよう」

「ああ、ひとまずトウヤとお前の手当てが先だけどな」

「早く帰ろう、俺もまだ死にたくないよ」


 そう言って立ち上がったトウヤの体力も僅かに回復しているのか、ぎこちないながらも一人で歩ける程に回復している。それに続くように、ルイも差し出されたリュウトの手を握り立ち上がる。

 廃墟から街へ戻る道を歩く二人の姿を見つめながら、リュウトはふと人型悪魔が遺した言葉を思い返す。


「貴様は魔帝の、か」


 聞こえないふりをして、考えないようにしていた言葉が何度も頭の中で再生される。人型悪魔は何が言いたかったのか。

 先を歩く二人の後ろで、リュウトは自分の右手を握り締める事しか出来なかった。

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