砕かれた血
「なんだぁ、何が起こって――ん?」
人型悪魔は起き上がると、温かくなっていた首筋に触れる。そして手のひらを見て、今まで余裕を持っていた表情に陰りが見られた。
首に触れた左手には、べっとりと自身の血が付着していたからだ。
「二人はそこに居たはず、ならばやったのは――」
人型悪魔はリュウトが倒れていた辺りに視線を移す。だがそこには血の針が砂となっただけで、リュウトの姿はどこにも無かった。
標的が見えない事で、異様な胸騒ぎがする人型悪魔。辺りをキョロキョロと見ていると、トウヤを手当てするルイの背後から絶大な魔力の気配を感じ取った。
「何だ、あの魔力は!?」
ゆっくりと足音を立てながら暗がりから現れる。そこには魔剣やコートから、炎のように揺らめく黒い魔力を放出するリュウトの姿だった。
模擬戦の時にも感じたことの無い異質な魔力。それを周囲に放ちながら横に立つ者がリュウトだとわかっていても、つい疑問がルイの口から漏れてしまった。
「リュウトなのか?」
「ルイ、トウヤを頼む」
リュウトはそれだけ呟くと、返事を聞かずに再び真正面から人型悪魔に斬りかかった。
いくら魔力が多いとは言え所詮は人間。人型悪魔は余裕と思いその一撃を剣で受けるも、先程とは格段に力が違った。
押し負けそうになるのを咄嗟に受け流して距離を取り、血の針を飛ばす。
だがマントコートがリュウトを守るように裾が伸び、フードも形成して全身も守る。何よりマントコートを貫通して体に傷を負っても、その場で直ぐに再生していた。
「こいつ、
リュウトは無言のまま距離を縮め、魔剣を巧みに振り回す。人型悪魔の力任せなものとは違い、最低限の動きで的確に不利となる場所へ刃を向けていた。
先刻まで人型悪魔の攻撃を迎え撃つだけで精一杯だった姿とは思えない程に力が増している。
「い、いいのか?今我を殺せば魔力が砂になりアイツらの体に回っていくぞ?」
人型悪魔が言葉で感情を揺さぶろうとするも、リュウトは何も言わず、太刀筋も鈍る事は無かった。激しい鍔迫り合いもやがて人型悪魔の方が押され始める。
「くッ……!」
焦る人型悪魔は閉じ込められていた頃の記憶が脳裏を過ぎる。体内で刃物が動き回るような鋭い痛みと、血の気が引いていく感覚。仲間の断末魔と、砂の山と化した亡骸。
人型悪魔の中で、何かがふつふつと湧き上がる感覚を覚える。
「やめろ……!我はもう閉じ込められはしない!!」
人型悪魔はリュウトを見ながら後ずさるように距離を離していき、その間も血の斬撃や針を使い攻撃を繰り返す。
だが何度吹き飛ばされようと傷を負わされようと、まるで意思の無いロボットのようにリュウトは立ち上がり、魔剣で攻撃を薙ぎ払う。
ついに数メートルまで距離を詰められ、リュウトの冷たい視線に動けなくなる人型悪魔。
呼吸が早くなり、人型悪魔の中で湧き上がってきたものが大爆発を起こした瞬間――。
「貴様……ヤメロ、その力は何なんだ!……何なんダァァァァ!!」
ついに理性が消え失せ、大量の魔力を無作為に放出し始めた人型悪魔。叫びながら血の針を全方位へ飛ばす。危機と感じたリュウトがその場から離れるも、人型悪魔はその姿を追いながら血の剣を振るう。
リュウトはコートに刺さった血の針を払うと、すぐに魔剣で受け止めた。
「ウワァァァァァァ!!」
人型悪魔は奇声のような怒号を叫びながら血の剣から魔力を放出させて、リュウトを押し返す。
吹き飛ばされたリュウトは魔剣に力を込めると空中で黒い斬撃を放った。だが人型悪魔は斬撃を片手で薙ぎ払うと、血の剣を天へと掲げ斬撃を出そうとしていた。
「お前達を葬り、我がここを出るんダァァァァァ!!」
「……」
リュウトはフードの中から焦げ茶色の瞳で人型悪魔を睨む。その目は普段のリュウトとは違い、凍り付くような鋭さを宿している。
そして両手に力を込めると吹き出す魔力が魔剣へと集まり始めた。
「死ねぇェェェェェェェ!!」
人型悪魔の叫びが合図のように両者が剣を振るい斬撃を放つ。巨大な三日月のような形をした斬撃達はぶつかり合った瞬間、周囲に黒い突風を巻き起こした。
「クソ……何故ダァァァ!」
突風のせいで再び砂煙が舞うも、晴れる前に人型悪魔が斬り掛かる。リュウトはそれを剣で防ぎ、受け流すように人型悪魔の体ごと軌道を逸らした。
「いい加減諦めたらどうだ?」
冷たく言い放ったリュウトの言葉に、憤慨した人型悪魔は奇声を発しながら血の剣を振り回す。だがその刃は最初程の強さは無く、魔剣を使わずとも簡単に避けられる位に落ちていた。
「クソ!くそ……!」
リュウトは一瞬だけ眉間に皺を寄せると、血の剣を絡め取るように魔剣を振り上げ人型悪魔の手から離す。高く上がった血の剣を見た後、人型悪魔に視線を戻す。そこには焦りの表情ではなくまるで嘲笑うかのように顔を緩ませていた。
「かかったなぁ!お前もこれで――」
そう言いながら人型悪魔は右手に魔力を込めて血の針を作り出そうとする。
だが魔力はおろか今まで使っていた血も出てくる気配がない。媒介に使っていた元の人間の血が枯渇したのだ。それを表すかのように人型悪魔の体にヒビが入り始める。
「何故だ……なぜ力が!?」
リュウトが目の前にいる事も忘れ、焦って身体中を見る人型悪魔。そんな狼狽する姿すらリュウトは無言で見つめるだけだった。
「リュウト!」
ルイの叫びにリュウトは無言でルイの方へ顔を向ける。そこにはルイに肩を借りているものの、どうにか立ち上がるまで回復したトウヤの姿があった。
「トウヤはひとまず大丈夫だ!大丈夫だから……そいつを倒してくれ!」
「頼んだよ、リュウト……」
二人の言葉へ返すように、冷徹な表情だったリュウトは笑顔を向ける。まるで別人から元のリュウトへ戻ったかのように。
そんな光景を目の前にして理性を失った人型悪魔が黙っていられる筈も無く、声を粗げながらリュウトから離れる。
「ふ、ふふ、ふざけるなぁぁぁ!」
人型悪魔は渇き切った体から絞り出すように拳を握り締める。体のヒビが広がる代わりに、滴り落ちてきた血で再び剣を形成。
歯を食いしばりながら、まるで親でも殺されたかのような目でリュウトを見つめる。
「何を勝ったような気でいる!死ぬのは貴様の方だァ!」
両手で握り締めた血の剣をリュウトの首に目掛けて果敢に振るも、リュウトの魔剣で簡単に受け流されていく。
「終わりだ」
一瞬の隙をついて、リュウトは人型悪魔の両腕を二の腕あたりから斬り落とす。続けざまにまだ状況を理解出来ていない人型悪魔の頭を掴み、壁に向かって投げ飛ばした。
切り離された腕と血の剣は血が垂れることなく砂と化す。
「このガキがァ……!」
人型悪魔はめり込んだ壁から直ぐに立ち上がるも、その身は干からびた大地のように亀裂が走り、少しづつ砂と化している。
「殺してやる……コロしてやる!!」
剣も構えずに立ち尽くすリュウト。怒りなのか恐怖なのか、我を忘れた人型悪魔は、再び絞り出すように片腕程の大きさの血の針を右腕の切り口から出現させる。
針の先を真っ直ぐリュウトの胸へ向けながら走り出す人型悪魔。
だがその針がリュウトの射程内に入った瞬間、リュウトがゆっくり向けた魔剣に砕かれ、切っ先はそのまま人型悪魔の胸を貫いた。
「あぁ……この魔力……」
貫かれた人型悪魔はまるで魔剣の刀身を撫でるように触れ、快楽を感じているかのような声を漏らす。
「懐かしい……そうか貴様、
人型悪魔は言い切る前に砂となり、地面の魔法陣も脈が弱くなっていくように消えていった。
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