腐敗の斬撃


「俺らが居るの忘れてんじゃねぇ!」


 天井の穴から差し込む光が当たらない位置から奇襲をかけるリュウトとトウヤ。射程内に入った瞬間、魔力で強化した刃を振るう。

 だが人型悪魔は二人の姿を視界にすら捉えず、二本の斬撃を巧みに避けて見せた。

 二人は暗がりから暗がりへ移り、再び斬り掛かる。だが人型悪魔には一撃も与えられず、ただ反復運動を繰り返すだけの状態となっていた。


「お前らの攻撃なんぞ、もう当たらん」


 人型悪魔は自身の頭付近まで右手を上げると、震えるほどに力を込める。すると赤黒い魔力が宿り、淀んだ色をした血が虫の卵程の水滴として溢れ出す。

 血はふわふわと人型悪魔の頭上に到達すると、今度は針のように細長くなり先端が鋭く変化していく。


「だから次はこっちの番だぜぇ!!」


 人型悪魔が右手を前に向けると、数千と溜まっていた血の針が三人に向かって飛び始めた。リュウトとトウヤは逃げ回り、ルイはその場でバリアを展開して防ぐ。

 だが二人は光が差し込まない位置にいたせいで、血の針はほとんど目視する事が不可能だった。


「リュウト!トウヤ!僕の後ろに!」


 ルイの声に応じた二人は血の針を避けながらバリアへと駆け寄る。二人が来た事を確認すると、ルイは盾に魔力を込め、先程とは違う六角形を貼り合わせたようなバリアを展開した。

 血の針はバリアに当たると小さな火花を散らしながら砕けていくも、周囲を囲む程の手数の多さに三人はただ唖然となる。


「どうしたぁ?怖くなったのか!」

「そんな事は――ッ!」


 ルイが人型悪魔を見ると、既に追撃の斬撃を構えていた。


「三人とも細切れさァ!!」


 人型悪魔は血の針を撃ち終え無作為に大剣を振るう。刀身から血の混じった魔力が再び放たれた。

 土を含めた魔力製の盾を溶かした斬撃にバリアが耐えられるはずもなく、数発当たっただけで溶け始めて行く。


「これ、以上は……!二人とも全力で逃げるんだ!」


 ルイの言葉と同時に二人はその場から散り散りに離れる。だが最後までバリアに残り、二人が逃げる時間を稼いだルイは、僅かに遅れ左足に斬撃を受けてしまった。

 左のふくらはぎの辺りから溶けるような音と共に僅かに煙が上がる。


「ぐッ!」


 ルイの足の傷口は溶かされたバリアと似て綺麗に切れておらず、すでに膿んでいるような生々しいものとなっていた。足を庇いながら体を引き摺って距離を離そうとするルイ。

 そんな姿を見て、人型悪魔は優越感に浸る表情を浮かべた。


「まだ生きようと抗うか、頑張るねぇ。でもまずは一人目だァ!!」


 人型悪魔は甲高い笑い声を上げながら、大剣を力強く振って巨大な斬撃を放つ。泡を吹く斬撃がぶくぶくと不快な音を立てながらゆっくりとルイに迫る。


「ルイ!」


 ルイとは反対方向に逃げたリュウトが気付き、急いで方向転換して駆け寄る。だが人型悪魔の方から小さな金属音が聞こえた瞬間、再び血の針がリュウトに襲いかかって来た。


「させるかよぉ!お前はそこで遊んでろ」


 何とか血の針を避けながらルイの元へ向かう中、リュウトはふと模擬戦の時を思い出す。

 リサがいなければ、マナもレンもどうなっていたか――。

 恐怖が僅かに生まれた瞬間、集中力が削がれ避けきれなかった血の針がリュウトの右肩に刺さってしまった。

 数箇所の傷口から異様に痛みが広がり、焼けるような感覚に声を上げる。


「ぐあぁぁぁぁぁ!」

「ハハハハァ!!いい声で鳴くじゃないかぁ!!」


 人型悪魔はもう戦う意志など無いように剣を宙に浮かせ、ゲラゲラと笑いながら手を叩く。

 その間にも、巨大な斬撃は刻一刻とルイとの距離を縮めていた。


「ルイィ……!に、げろ……!」


 リュウトは右肩付近を手で抑えながら、ルイの方へ向かおうとする。だが血の針を受けたせいなのか、体が思うように動かせず硬直していた。


「……わかって……いる!」


 リュウトの声を聞いたルイは何とか立ち上がり、剣を杖にしながら離れようとする。だが数歩進んだところで足に電流のような激痛が走り倒れ込んでしまった。

 辛そうに呼吸をしながら、力無く仰向けに寝そべり迫ってくる斬撃を見つめる。


「はぁ、はぁ、すまない、二人共……。見つけられなくて、ごめんな……」


 二人へ、そして探している子へ謝るように呟くと、ルイは静かに目を瞑り覚悟を決める。斬撃がルイに迫り直撃した瞬間、周囲に土煙を舞い上げた。

 リュウトは目を見開き、歯をかみ締めながら自分が動けない事に苛立ちを覚える。

 人型悪魔も小さく笑みを浮かべながら土煙が晴れるのを待っていた。だがその表情は、土煙が晴れると一瞬にして満面の笑みへと変わる。


「いいねぇ、それでも戦うのか」


 ぶつかった音はしたものの、それ以外は何も感じない。ルイは恐る恐る目を開くと、眼前の光景に驚きが隠せなかった。


「はぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

「トウヤ……!!」


 トウヤが鎌を下から振り上げ、斬撃を破壊しようと試みていた。斬撃と鎌のぶつかり合っている場所からバチバチと火花が散っている。

 だがそんな刃の押し問答も長くは続かなかった。

 トウヤの持つ鎌にヒビが入り、最後は刃が真っ二つに砕けてしまう。体勢が崩れて力を入れていた両腕は上がり、無防備となったトウヤの腹部に斬撃が喰らいついた。


「あ、がぁ……あ!」

「トウヤ!!」


 ルイの時間感覚がおかしくなったのか、まるでスローモーションのようにゆっくりと倒れていくトウヤ。ルイは剣を投げ捨て、今まで感じていた痛みなど気にもせず駆け寄る。


「なんだぁ?狙ってたのと違うが……まぁいい。一人殺せたしな」


 トウヤは目を見開き悪魔の不敵な笑みを睨み続けるも、やがてルイの目の前で力無く倒れ込んだ。

 ルイはすぐにトウヤの上半身を抱き上げると安否を確認する。まだ息はあるが、斬撃の腐食のような傷口が危ない。ルイは盾を左腕から外すと持って来ていた救急キットを取り出した。


「そんな所で手当てを始めるなんて愚かな。狙ってくださいと言ってるようなもんだぜぇ!!」


 人型悪魔はもう一発斬撃を放とうと剣を掲げる。

 先程よりも更に多い魔力を溜めて二人へ剣を振り下ろそうとした時だった。

 目の前を黒い何かが横切ると同時に、視界が意思に関係なく動き出し、気付けば強い衝撃と共に地面へと落下していた。

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