魔人


「何ダ!誰ダこの声ハ!?」


 三人には目もくれず、まるで誰かを探すように首を動かす軟体の悪魔。追撃を図ろうと魔剣を構えたリュウトだったが、軟体の悪魔の怯える姿を見て動きが止まる。


「あの悪魔、なんか変だよ?」

「ヤツの言ってる声ってのも聞こえないし、何がどうなっているのか……」


 リュウトより後方で軟体の悪魔の姿を眺めるトウヤとルイ。ルイが言葉を言い切る前に突破、軟体の悪魔の慌てふためいている頭部から緑色の光が放ち始めた。

 だが輝きは本体ではなく、吸収して頭部にぶら下がっていた滅殺者スレイヤーの亡骸からだった。


「何だト!?やめろ!我の体は我の物ダ!!こんな下等種族に我をぉぉぉぉ!」


 滅殺者スレイヤーの亡骸から溢れた魔力が渦を巻き、軟体の悪魔を覆っていく。雷にも似た轟音と激しい風圧に押され、僅かに後退していくリュウト。

 状況が分からないまま風圧に耐えていると、勢いを増していた魔力の竜巻が急に弱まり沈静化していく。


「……何だ、あれ……」

「わからない。少なくとも、僕達の敵なのは確かだ」


 否定するように首を振りながら、トウヤは竜巻から現れた姿を見つめる。

 人間の大人と変わらない体格を持った異型。皮膚は赤黒い爬虫類のようになっており、滅殺者スレイヤーのコートを思わせるような丈長の部位もある。

 顔は灰色の鉄仮面にも似た骨格に覆われており、その奥で黄色い眼光が三人を見据えていた。


「ハァァァァァ……」


 軟体から人型になった悪魔は大きく息を吐きながら辺りを見渡す。そして一番近くに立つリュウトに視線を向けた。


「この力は……?」


 人型悪魔は右手を前に翳し《かざ》力を込める。その瞬間、まるで重力が強くなったかのように体が重くなり、吐き気を催す程の不調が三人に襲いかかった。


「ぐッ!これは……」

「はぁ、はぁ、リュウ、ト……ッ!」


 ルイは片膝を着き、トウヤは土下座をするような姿勢で耐えながらリュウトを見る。リュウトも魔剣を杖代わりに耐えながら、ひれ伏すように膝を着き人型悪魔を睨み付けていた。


「くそ……!立てねぇ……」

「ははははははは!いいなぁこの力!!」


 人型悪魔が右手から力を抜くと、魔力の重みが一瞬で消える。その刹那、リュウトの前から姿を消すと、その気配はルイの背後へと移動していた。

 殺気に気付いたルイは考えるよりも先に体を反転させ盾を構える。ルイの盾と人型悪魔が振りかざした右手が直撃した瞬間、

 ルイの体は盾もろとも吹き飛ばされた。


「こいつ……前よりも強く……」

「おしいなぁ。これも防ぐのかぁ」


 体勢を立て直したルイは縦を構えたまま人型悪魔を睨み続ける。

 だがすぐに自身の違和感に気付く。防いだとは言え、盾を持つ左腕が痺れる程、ダメージが防ぎ切れていなかった。


「くそ……」

「どうしたぁ?あれだけ我の体を砕いたんだ、まだやれるよなぁ!!」


 想像以上の強さに、冷静さを保ちつつ苦悶に満ちた顔で睨むるルイ。

 人型悪魔はそんなルイを煽るかのように片眉を上げ、不敵な笑みを浮かべた。続けざまに右手を高く振り上げると、穴の空いた天井から一筋の光が矢のように降り注ぐ。


「体があれば主の言う事は絶対なのか、泣けるねぇ。でももう我の物なんだ」


 光が人型悪魔の右手に収まると、滅殺者スレイヤーが生前に使っていたであろう魔剣が姿を現した。人型悪魔は魔剣を地面に突き刺すと、自身の右腕から赤黒い血を滲み出す。

 スライムのようにとろみを持った血は、やがて魔剣を覆い、石を切り出して作ったような無骨な両刃の大剣へと姿を変えた。


「さぁこれで準備万端だぜぇ!!」


 悪魔は叫びながら横一閃に剣を払う。赤黒い血と魔力が混ざり合った斬撃がリュウトに向かって放たれた。

 ぶくぶくと泡を吹きながら飛んでくる不快な斬撃。リュウトが応戦しようと剣を構えるも、その前にルイが立った。


「盾のウォール!」


 ルイは叫びながら、魔力を込めた剣を地面へ突き刺す。すると魔力が地面へ移り、三メートル程の長方形の土壁を形成した。

 最後はルイの盾と同じ十字架の紋章が刻まれ、魔力で硬化した巨大な壁が出来上がった。

 不快な斬撃と、ルイの防壁がぶつかり合う。


「やべぇ、ルイ避けるぞ!」


 しかし斬撃が直撃した瞬間、勢いよく溶けるロウソクのように防壁がドロドロと溶け始めた。直前に二人は散らばるように退避する。


「盾が溶けただと!?」


 悪魔は何かを得たように舌なめずりをすると、地面へ着地したルイへ距離を詰めて大剣を握り締める。


「お前の盾が一番目障りなんだよ!」


 振り下ろされた斬撃は、剣術どころか剣すら握った事が無いような、力だけに任せたおざなりなものだった。しかしその力は強く、ルイの盾が砕ける事はなくともルイの腕に限界が来ていた。


「どうしたよォ!自慢の盾なんだろォ?」

「く……なら喰らってみろ!」


 ついに耐え切れなくなったルイは体勢を崩しかけるが、盾に魔力を込めてカウンターを狙う。だがその衝撃波も、当たる直前に距離を取られてしまった。


「危ないねぇ」

「くそ……」


 左腕を庇いながら、ルイは剣の切っ先を悪魔へ向け続ける。

 その姿を見た人型悪魔は、背筋が疼く程の優越感が込み上げて来た。自信に満ち溢れた表情をしながら魔剣を肩に担ぐ。


「まぁいい、もう限界だろうからここで――」


 人型悪魔の言葉を遮るように黒い斬撃が飛んでくる。だが体を僅かに後ろへ逸らしただけで、斬撃は虚しく深部の壁に傷を付けただけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る