滅殺者戦(2)

「一か八か、やってみる価値はあるな」


 最初とは逆で盾を前に向けた体勢で構えるルイ。その口元は僅かに微笑んでいるが、表情には焦りも浮かんでいた。


「リュウト、トウヤ、やつの両手を二人でどうにか出来ないだろうか。もしくは片手でも構わない」

「……考えがあるのか?」


 この状況で策が無ければ全滅に等しい。リュウトがチラリとルイの方に視線を向ける。その行動に応えるようにルイはゆっくり頷いて見せた。


「初歩的な戦術では向こうの方が上だろうからね。ここの筋肉を使うのさ」


 ルイは左の人差し指で自分の頭をトントンと叩く。ルイの頭へ視線を向けた時、何かを察したリュウトは納得したように笑みを浮かべ、魔剣を右下段に構える。


「何を企んでるか知らないが勝てると思ってるのか?」


 不敵な笑みを浮かべ、手招きをするように三人を煽る滅殺者スレイヤー。その顔に苛立ちを覚えながらも平常心を保って武器を構える三人。


「トウヤ、やつの左を頼むぜ」

「わかった……行くよ!」


 トウヤの合図と共に再び正面から斬り掛かるリュウト達。だが二人は滅殺者スレイヤーの急所ではなく、リュウトは右側半身、トウヤは左側の半身を攻めていく。

 初めは上手く避けていく滅殺者スレイヤー。だが二人の攻撃のタイミングが徐々に変わり始め、反応がにぶり出す。


「少しはやるようだな、だがもうこの体は人ではないんだよ」


 焦れったくなったのか、滅殺者スレイヤーは剣を放り投げるとリュウトの魔剣とトウヤの鎌の切っ先を握り締めて斬撃を止めた。両手の甲を貫通し、黒くなった鮮血が吹き出る。


「くそ!」

「もう元の人間は死んでるからな、こんな体痛くもない」


 滅殺者スレイヤーは口元に付着した黒血こっけつを舌で舐め取り、不敵な笑みを零す。


「ならば本体が出るまで叩くまでだ!」


 剣に魔力を溜めたルイが勢いよく駆け寄る。滅殺者スレイヤーは一瞬目の色を変えるも、すぐさま二人の武器から手を離し受け止める体勢に入ろうとする。

 だがリュウト達が許さなかった。貫いた武器を振るい滅殺者スレイヤーの体を地面へと押し倒す。


「逃がすかよ……!」


 貫通した切っ先のせいで身動きが取れず地面へ磔の状態となった。リュウトとトウヤは抜け出されないよう、必死に武器を地面へと突き刺す。

 ルイは飛び上がり、剣で滅殺者スレイヤーの左胸を狙う。


「……残念、まだ甘い」


 滅殺者スレイヤーは足から無理やり立ち上がり、突き刺された両手も刃によって裂かれながら無理やり外していく。

 肉の切れる生々しい音と共に手の甲から中指にかけて斬り開かれた手を見た後、落下してくるルイを睨む。


「ガキが、そんな魔力の弱い剣で何が出来る?」

「こうやるのさ!」


 ルイは上空から剣を一振り。刃から細い三日月形の魔力が滅殺者スレイヤーへ襲いかかる。

 だが威力が弱いのか、滅殺者スレイヤーは右手で簡単に振り払った。


「効くかそんな物――ッ!」


 滅殺者スレイヤーが煽るようにルイを見た時だ。

 ルイは魔力を溜めていた剣を後方に、盾を前方になる構えへ切り替えていた。同時に魔力は盾へと移されていく。


「肉弾戦か?そんな物、盾ごとお前も斬り落として――」


 滅殺者スレイヤーは遠くに投げた自身の魔装具まそうぐを呼び戻す。

 糸で引かれるように剣が右手へ収まるも、その手で握る事が出来ず無様に地面へと落ちていく。

 痛覚が鈍っているが故の欠点と言えるだろう。滅殺者スレイヤーは自身の両手の状態を忘れていた。


「残念だな、そんな手じゃ握れないだろ。それに教えてやろう。僕の主力はこうげきじゃない。このぼうぎょだ!」


 勢いよく魔力を宿した盾が滅殺者の体に直撃する。

 数メートルの厚みがある石材の床も破壊する力が滅殺者の体へ万力のように圧力をかけた。


「く、そ……ぐぁぁぁぁあ!」


 滅殺者スレイヤーは悲痛な声を上げながら体がめり込んでいく。抵抗して逃げ出そうとするも、最後は腹部から下半身を覆うドレスのように黒血が飛び散った。

 ルイの盾から魔力が消え、恐る恐る滅殺者スレイヤーの方に視線を向ける。


「はぁ、はぁ、やったか?」


 リュウトやトウヤも滅殺者スレイヤーに歩み寄る。顔は瓦礫に埋もれてわからないが、動く気配は無い。張り詰めていた緊張感が徐々に緩み、三人から安堵の表情が零れる。


「助かったぜルイ……やっぱりお前は脳筋だな」

「ふふ、だからこそこの魔装具まそうぐなのかもしれないね」


 三人が僅かに気を許した瞬間、滅殺者の指がピクリと動く。

 同時に滅殺者スレイヤーの体から地下で感じた強大な魔力が濁流のように溢れ出した。


「これは!」

「まずい……離れ――ッ!」


 魔装具を持つ者は魔力を感知出来る。強い吐き気を催すような魔力に三人が滅殺者スレイヤーから距離を取ろうとする。だがその動きは辛くも封じられてしまう。


「どこへ逃げる気ダ、アァ?」


 黒血の中からタコのような軟体の触手が現れ、三人の足に絡みつく。抜け出そうとするも引っ張られる力の方が強い。


「第二回戦と行こうゼェ!!」


 滅殺者スレイヤーの黒血からいくつもの触手が現れ、地面を叩いていく。崩れかけた床には亀裂が入り、底が地面ではなかったのだろう、やがて大きな穴が開いた。

 滅殺者は笑顔を浮かべながら、触手で捕まえた三人を道連れに穴の中へと落ちて行く。


「痛って……」

「二人共大丈夫か!?」


 落ちてきた穴がビー玉程の大きさに見える下層。リュウト達が見上げていると、滅殺者の狂ったような笑い声が聞こえてくる。

 その声色は、人が普通に発するのとは違い、地の底から響くような黒い感情が込められていた。


「ここでオレが、我らが呼び出されたんダ……他の奴らはみーんな殺さレタ……だからナァ」


 滅殺者スレイヤーの体だった物から魔力が溢れ、地面に垂れていくと赤紫色の何かを描いて行く。直径三十メートルはあろう大きな円とその内側に見たこともない文字が浮かび上がる。


「これは……まずい!」


 その魔法陣にも似た何かを理解したルイは、周囲を見渡し上階へと戻る入り口を見つける。


「リュウト、トウヤ!あそこへ走るぞ!!」

「誰が逃げるっテ?」


 入り口へ向かう前に、触手によって壁を壊され瓦礫に塞がれる。

 滅殺者スレイヤーの方を見ると、まるでこちらが焦っているのを楽しんでいるかのように舌を出して下品な笑みを浮かべていた。


「逃げんナヨ……お前達は我らをここに閉じ込めたダロ?だったら一緒に居ようゼェ!」


 薄暗い部屋が魔法陣によりわずかに明るくなる。そこで顕になったのは、十メートル以上はあるだろう巨大なタコのような外見。そして頭と触手の部位の間に、人間として残された上半身が埋められた滅殺者スレイヤーの姿だった。

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