滅殺者戦(1)


「ルイお前!何やってんだよ!?」


 リュウトの焦りが混じる声に返すことなく真っ直ぐ見つめ続けるルイ。そもそも何故滅殺者スレイヤーを攻撃したのか。返事のない事に苛立ちを覚え声が荒くなる。


「おい!聞いてんのか!」


 ルイは静かに目を閉じ、数秒後にゆっくり開くと首を小さく横に振った。


「あいつは人じゃない」


 言い放ったルイの瞳は、変わらず飛ばされた滅殺者スレイヤーの所へと向けられている。


「人じゃないって?あの人は滅殺者スレイヤーじゃ……な……」

「く、首が!」


 ルイの言葉に半信半疑なリュウトだったが、砂煙が晴れ、滅殺者スレイヤーの姿を見た瞬間、リュウトもトウヤも目を見開き引きつった表情を浮かべる。

 砂煙の中から首元が皮1枚で繋がった滅殺者スレイヤーがおぼつかない足取りで立っていた。徐々に首の肉が盛り上がり、何事も無かったかのように元に戻る。


「上手く隠したつもりだったんだがな……よくわかったじゃないか」


 首の骨をコキコキと鳴らしながら、睨み付けているルイを見て微笑む。


「恐らく貴様は、階段を降りてきた一人目を喰らったんだろう。そのまま戦闘に入り二人目に致命傷を負わせた」

「ふふ、それで?」


 滅殺者スレイヤーは不敵な笑みを浮かべる。人ではないと認知した者へいつでも詰められる距離に、リュウトとトウヤも臨戦態勢をとった。


「餌である二人目を引きづりながら、下に逃げた三人目を追って来た。そしてここに来て二人目を喰った後に見付けて、あの訳の分からん装置に入れた……違うか?」


 ルイの質問に答える事無く滅殺者スレイヤーは大声で笑い出す。まるで生死を楽しむような姿に何とも言えない恐怖がリュウト達に押し寄せて来る。


「ハッハッハッ!お前はどうやらかなり頭が切れるらしいな。そもそもなぜ私が悪魔だと勘づいた?」

「貴様の言動だ」


 滅殺者スレイヤーの楽しげな表情の片眉が上がる。未だ楽観的な姿勢は崩していないが僅かな綻びが現れた瞬間でもあった。


「これでも祖父が滅殺者スレイヤーのマスター何でね。僕が誰だか知らなくても、相手が知っている場合が多い」


 祖父がマスターと言う言葉を聞いて、口元に笑みを浮かべていた滅殺者スレイヤーから笑顔が消える。楽観的だった体勢も徐々に崩れ始めた。


「少なくとも滅殺者スレイヤーの殆どが周知の事なのに、知らないような言い方はしないだろ?」


 胸元で盾を構え、剣の切っ先を滅殺者スレイヤーに向けながらかかって来いと言わんばかりに小さく二回振るう。立場が逆転したような気分の滅殺者スレイヤーは、三人を蔑むような表情を浮かべた。


「お前がマスターの孫?……あぁわかったぞ?この喰った人間エサの記憶から――」


 こめかみの辺りを人差し指でトントンと叩きながら楽しそうに話す滅殺者スレイヤーだったが、突然時が止まったかのように停止すると、天井を見上げたまま奪った体に刻まれた記憶を辿っていく。


「ああ、そうかお前がそうなのか」


 天井へ向けられていた瞳がルイの方へ狙いを定めた。目が会った瞬間、ルイは脇を締めて更に体勢を低く構える。


「お前は、お前達だけは許しちゃいけないなぁ……」


 滅殺者スレイヤー魔鉱石まこうせきのペンダントを首から引きちぎると、自身の魔力を与え左手に魔装具まそうぐの剣を出現させる。使い終わったペンダントは役目を終えたかのように地面へと落ちて行く。


人間コイツの記憶から引っ張って来たけど、こう言うの仇討ちって言うらしいなぁ?」


 おざなりに剣を構え、舌を出しながら醜い笑顔を浮かべる滅殺者

《スレイヤー》。だがその瞳は何かの感情で真っ直ぐにルイへと向けられていた。


「やるぞリュウト、トウヤ」


 ルイの言葉を合図にトウヤは鎌を、リュウトは魔剣を出現。ふと二人の横顔が視界に入った時、ルイの中で自責の念がこみ上げてくる。


「……すまないな、戦いに巻き込んで」


 ルイの言葉にリュウトとトウヤは顔を見合わせ、お互いに口元を緩ませる。


「今度、またあの店のケーキ奢れよ」

「俺達まだお持ち帰りしてないからね」


 思ってもいなかった言葉を聞いたルイは、横に並ぶ二人の表情を見て無言のまま頷く。ルイの表情は嬉しさと照れくささが混ざったような、これから戦うにしては何とも緩い顔をしていた。


「助かるよ」

「よし、いくぜトウヤ!」


 リュウトの合図と共にトウヤが突っ込む。リュウトは魔剣を右上から、トウヤが鎌を左下から滅殺者スレイヤーを挟み込むように振り下ろす。

 だが滅殺者スレイヤーは左手の剣でリュウトの魔剣を防ぎ、同時にトウヤの鎌を一歩後退して受け流した。

 鎌の刃が眼前を通り過ぎると、自身の剣を体の方に引き寄せリュウトの体勢を崩す。転がるようにリュウトを地面へ転倒させると、トウヤの振り下ろした追撃がリュウトに牙を剥く。


「仲間同士で殺り合えばいいさ」


 滅殺者がその場を離れ、鎌の切っ先がリュウトの腹部に狙いを定めた。瞬間、鎌とリュウトの間にルイが立つ。

 盾から魔力を放ち自身とリュウトを覆うように甲羅状のバリアを展開し鎌を防ぐ。


「邪魔しやがって」


 数メートル離れた位置で楽しみに眺めていた滅殺者スレイヤーはつまらなそうに悪態を着く。


「助かったぜルイ」

「礼は後だ、もう一度斬り掛かるぞ!」


 リュウトが立ち上がると今度は三人で滅殺者を挟み込むように攻勢に出る。

 だが候補生三人と悪魔が乗っ取った滅殺者スレイヤーの体では、ある程度の差があった。

 剣でリュウトの魔剣を、トウヤの鎌は避けられ、ルイの構えている盾を蹴り飛ばす。体勢を立て直しては攻撃に入るも、鍔迫り合いどころか滅殺者にダメージを与える事も出来ない。

 三人は一度距離をとる。攻めに講じていたせいか三人の息は荒くなっていた。


「あれが滅殺者スレイヤーなのか……?」


 未だ傷一つ負ってない滅殺者スレイヤー。リュウト達の呼吸が整うのを待っているのか、余裕そうな表情で待っている。


「いや違う。いくら滅殺者スレイヤーでも魔装具まそうぐが無ければ戦闘術を覚えた普通の人間と変わらない。あいつは悪魔が人を取り込み、おまけに魔装具まそうぐまで持ってる状態だ」

「はぁ、くそ。前の悪魔より強いって事か」


 滅殺者スレイヤーとして訓練した肉体と、悪魔の力に魔装具まそうぐを装備した状態。それだけ聞けば、敵と味方の良い所を全て手に入れた存在となっている。

 半年前に決死で戦った甲殻の悪魔が霞んでくるような感覚に陥るリュウト。


「……だがこっちは魔装具まそうぐ持ちが三人だ。勝機

 はあるはず」

「でも向こうは傷も無いし疲れてもないよ?」


 リュウトは歯を噛み締めながら魔剣を握る手にも力が入る。三人でも歯が立たない相手に恐怖よりも、届かない怒りが溢れていた。


「何か大きな一撃があれば……」

「俺が魔力で撃ってもいいけど避けられるしな」


 滅殺者スレイヤーに視線を向けたまま二人の会話に耳を澄ます。トウヤの「大きな一撃」と言う単語で、行き詰まっていた思考に光が指した。

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