下層と装置


 暗い所に居たせいか、廊下を抜けた先の明るさに一瞬だけ視界が真っ白になる。目が慣れてきて、次第に部屋の全貌が見えてくると、三人は思わず声を失った。


「なんだよこれ……何でここだけ明るいんだ?」

「それにこの冷たい感覚は何だろう……」


 天井までの高さが十メートル近く伸びており、廃墟の敷地よりも広く部屋が作られている。何より驚いたのは、その部屋に規則的に置かれた何かの装置であった。


「……」

「ルイ?どうしたの?」

「ああ、すまない。ここを見てくれないか」


 二人より少し後ろの方で立ち止まっているルイに言葉をかけると、チラリと二人を見て今度は下の方を指差す。 そこには階段から辿ってきた血痕が、部屋に入った瞬間から綺麗に無くなっていた。


「ん?あれ、血の跡が無くなってる」

「そうなんだ。他の二人がここから担いだのか、だとしても途切れ方が綺麗すぎるんだ」


 ルイが血の跡に触れてみると、階段の時より時間が経過いているからか既に乾いている。


「って事はここのどこかに隠れてんのかな」


 リュウトは辺りを見渡して血の跡がないかを探ってみるも、それらしい何かは見付からない。ルイは立ち上がると見渡しているリュウトに歩み寄る。


「少し辺りを見てみようか。電気がついていると言う事は、誰かがいるって事にも繋がる」

「ならとりあえず、奥に行ってみるか?」


 三人は入り口からでも見える奥の壁を目印に歩みを進める。その間にも周囲を警戒しながら歩いているが、滅殺者スレイヤーの気配も強大な魔力も感じられない。

 ただ視界に入るのは、水槽が取り付けられた装置が規則的に置かれ、そこから伸びる導線が一つに纏められて壁に埋め込まれている光景だった。


「そもそもこの機械は何だ。ルイ何かわからねぇか?」


 異様とも呼べる光景にリュウトは不快な表情を浮かべる。ルイも改めて装置を見つめるが、小さく首を振るだけだった。


「残念ながらね。でも元々はあの支部の持ち物だった建物だ。研究に使う物で間違いないだろう」

「そうか、何かの手がかりになればって……ん?」


 入り口から七割ほど歩いた所でリュウトが一つの装置に気付く。

 水槽のような機械の中を細かい泡が下から上へと覆うように放出されていた。


「なんだあれ」

「ちょ、リュウト!」


 トウヤの制止も届かず、おもむろに歩み寄り水槽を見上げるリュウト。仕方なく後に続いた二人も装置の前で立ち止まる。

 改めて観察すると、沢山置かれた中で一台だけが起動している状態だった。独特な低い機械音を鳴らしながら泡で中が見えないようにされている。


「何でこれだけ動いてんだ?」


 リュウトが触れようと機械に手を伸ばしたその時だった。

 水槽内の細かい泡が乱雑に動き始め、やがて掻き分けるように水流が出来上がると中から顔色が青い男が姿を表した。


「うわぁぁぁあ!」


 お化けを怖がらなかったリュウトでも、流石に声を上げ尻餅をつきながら後退る。ルイもトウヤもその声に驚き臨戦態勢をとるも、もがいていた男はすでに事切れて力無く水槽内を漂っていた。


「何なんだよこれ!」


 ルイは水槽に近付き泡のカーテンから男の顔を覗き込む。よく見ると男は黒いコートを着用しており、左の腰辺りには剣の無い鞘を装備している。


「この滅殺者スレイヤーも見た事ない。きっと支部の方だろうが……この機械は一体」


 ルイは装置に取り付けられた大きなボタンが目に留まる。僅かに押すのを躊躇うも、好奇心に負けてボタンに手を伸ばした瞬間ー―。



「君達!ここで何をしているんだ!」


 部屋の奥の方から男の怒号が聞こえてくる。三人はまるで子供のように体をびくっと反応させながら声の方へ向く。そこには黒いコートを着た滅殺者スレイヤーが慌てた様子でこちらを見ていた。

 急いで駆け寄ってくると、三人の姿をまじまじと見つめる。改めて見たそのコートには、仲間を運んだのか血の跡が大きく染み込んでいた。


「あ、これは……その」


 しどろもどろになるトウヤだったが、滅殺者スレイヤーは安堵の表情を浮かべながら胸を撫で下ろす。


「助けに来てくれたのか?誰だかわからないが助かったよ……」

「その前に他の滅殺者スレイヤーは大丈夫なんですか!酷い血の跡もあるし、それにあの機械は何ですか!」


 捲し立てるようにリュウトが叫ぶと、滅殺者スレイヤーは若干押され気味になりながら落ち着くように促す。


「仲間は大丈夫だ。あれは人の傷を癒す言わば治癒装置って感じかな。さっき起きた反応があったから、もう一度眠らせたんだよ」

「そうだったのか……」


 改めて水槽を見ると、泡の隙間から眠ったままの滅殺者スレイヤーの姿が見える。


「今もう一人に治療を任せているから、僕一人で応援を呼びに行こうとしたんだ。それにしてもどうやってここまで来たんだい?」

「それは……まぁ、ね」

「実は俺達候補生なんですが、自由研究の為にここの廃墟の探索に来てたんです」


 リュウトとトウヤはお互いで目を合わすと苦笑いを浮かべながら話を合わせた。咄嗟についたトウヤの嘘にリュウトも小刻みに首を縦に振る。


「そうだったんだね……怖い思いをさせてすまない。ひとまず応援を呼ぶ為に外に出ようか」


 歩き出した滅殺者スレイヤーとその後を追うように進むリュウトとトウヤ。だが終始黙っていたルイは滅殺者スレイヤーに射るような視線を向け続ける。


「ルイ、とりあえずここ出ようぜ?」

「ちょっと待ってもらいたい」


 リュウトの言葉を聞き入れるつもりがない雰囲気を出しているルイは、服から出していたペンダントを握りしめながらリュウト達に近付き、そして立ちはだかるように前に立つ。


「君、早く帰らないと……」

「ちょっと待ってくださいね!……何してんだよお前、バレちゃった以上帰るしかねぇだろ……」


 不満そうな表情を浮かべる滅殺者スレイヤーと距離を離すと、ルイの腕を掴み小さく耳打ちする。だがルイは違うとばかりに首を横に振った


「違うんだ。リュウト、今からやる事を絶対に止めないでくれ」


 ルイはそれだけリュウトに伝えると、再びペンダントを握り締め魔装具まそうぐのアイギスと黒コートを出現させる。そして剣の切っ先を滅殺者スレイヤーの喉元に向けるのだった。

 あまりの出来事にルイやリュウトも身構える。


「ルイ!」

「君……それは魔装具まそうぐか……」


 刃を向けられた滅殺者スレイヤーは不快そうな表情でルイの目を睨む。ルイもまたその目に反するように睨み返す。


「ルイ!お前流石にそれはダメだっ――」


 リュウトが言い切る前にルイは剣に魔力を溜め、滅殺者の喉元を突き刺すように衝撃波を放った。一瞬の光と共に滅殺者スレイヤーの体は稼働中の機械の付近まで吹き飛ばされる。

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