思い出の夜景
寮を出てから十数分後、街の外れにある森の中を三人は歩き続けていた。草木が生えては枯れてを繰り返し、道には見えない道を進んで行く。
やがて見えてきたのは、半年近く前と姿が変わらない廃墟だった。
「ようやく着きそうだ。やはりここで合ってるか?リュウト君」
廃墟の外見を眺めながら、ルイの問いに頷いて返すリュウト。
「ああ、間違いない。ここの三階だったかな?手当の機材とか置いてて、そこでリサに診てもらってたんだ」
「看板とかそれらしい物はないけど、造りは確かに病院っぽいね」
初めて訪れたトウヤも建物をまじまじと見つめる。その横でルイはポケットに入れていた資料を開き、使われていた頃の建物の写真と現在を交互に確認していた。時が経ち色褪せて風化しているが、建物の雰囲気そのものは何処と無く似ているように見える。
「祖父の資料によれば、ここは十年前に病院と研究所を両立してやっていたらしい」
「表向きは病院って所かな?」
トウヤの言葉に静かに頷いてみせるルイ。確認が終わると、再び資料を折り畳んでポケットに戻した。
「裏で行われていた研究。それが
ルイは途中で言葉が詰まると僅かに俯き、再び顔を上げて建物を睨みつけるように見つめる。
「これは
「とりあえず入ってみるか」
「うん、まずはリュウトが手当を受けたという場所を見てみよう」
建物の入り口から中へ侵入する三人。壁や床はサビやひび割れが起きており、当時に使われていた物は何一つ残っていない。何処と無く怖い雰囲気を醸し出す階段を上がり、リュウトが手当てを受けた三階の部屋を目指し進んで行く。
「あれ……」
リュウトを先頭に進み、三階のとある一室の前でリュウトの呟きのような言葉と共に立ち止まる。
「どうしたんだ?」
ルイとトウヤが部屋の中を覗き込むと、廊下を通りながら見てきた他の部屋と同様にそれらしい物は一切置かれていなかった。リュウトは片眉を下げながら自分の記憶に間違いが無いか記憶を遡るも、ここ以外にそれらしい場所は思い当たらない。
「ここだったと思ったんだけど……間違えたかな」
「でも他の部屋も似たような感じだよ?」
部屋の中に入り、自分が寝ていたベッドや置かれていた機材の位置を確認していく。目が覚めた時に見た天井の位置を見上げるも過去より暗い為かいまいち分からない。
「ここで目が覚めて、リサと話してる途中でユウキも来たんだ。それでそのあと屋上に行ったんだよ」
「ここで確認しても仕方ない、それなら一度屋上へ行ってみようか」
ルイはそう言って部屋を後にすると、屋上に続く階段へ歩みを進めていく。最後に出たリュウトは入り口で立ち止まると、名残惜しそうに部屋を見渡して二人の後を追うのだった。
「いい景色だね!街が綺麗に見える」
「徒歩で来たから風も心地いいな。少し休憩しようか」
自分が目覚めた時と同じ通路と階段を登り屋上へ到達すると、半年前と同じ風景が、まるで待っていたかのように変わらず広がっていた。時間によるせいか、前よりも街の電気が僅かに少なく感じられる。
「懐かしいな」
思わず出た言葉と共に、当時自分がユウキと話した位置に立つ。肌寒い風は季節を超えて暑い体温を冷ましてくれる穏やかなものとなっていた。
夜景を見つめたまま、リュウトは過去を振り返りながら話していく。
「俺は親が居なかったから教会に住んでてさ、でも悪魔に襲われて俺だけ生き残ったんだ」
「そうだったのか、大変な境遇だったんだな」
ルイはリュウトの左側に立つと悲しげな目つきで見つめてくる。
「その時に何でかわかんねぇけど魔剣を手に入れたんだ。悪魔をと戦って、倒れてた俺をユウキが見付けてくれて、ここでリサの手当てを受けたんだ……そして今ここにいる」
リュウトは小さく溜め息を吐くと、ポケットに手を入れながら夜風を全身で浴びる。
「……リュウト君はここに来て良かったと思っているか?」
唐突なルイの質問に、リュウトは僅かに目を丸くしながら左側に視線を向ける。ルイはただ真っ直ぐに夜景を見つめたまま再び口を開く。
「魔剣を手に取り
そう言いながらルイがリュウトに顔を向けた時、怖がる子供のような、それでいて優しい表情を向けてくる。
「うーん、俺にはそれ以外の選択肢が無かったからな。帰る所も無ぇし、魔剣持ってるから悪魔に襲われる可能性もある。それに……」
リュウトは言葉を止めて屋上の縁に腰を落とすと、両足を小さくバタバタさせながら再び話し始めた。
「俺みたいな人を出したくないし、それにずっと悲しんでたら教会の皆に怒られるだろうしな」
ニコッと笑顔を浮かべるリュウトを見下ろしながらルイやトウヤも釣られて微笑む。
「そうか。それなら君の言うような境遇ではないが、感謝する者はもうここにいるよ」
「え?」
ルイはゆっくりと隣りに腰掛けると、間の抜けた返事をしたリュウトに小さく微笑む。そして再び夜景に視線を移すと無表情にも似た顔で言葉を紡いでいく。
「あの家は、本当に僕にとって窮屈で仕方なかったんだ」
ルイはそう呟いて屋上からも見える本部のビルを睨むように見つめる。脳裏には自分の幼かった頃が波のように思い出されていく。
「僕の家はマスターの祖父と
ルイの声色は穏やかだが、どこか嫌気がさしているようにも聞こえる。その瞳はジッと夜景の方だけに向けられていた。
「所謂『名門』って言われる家系なんだろうな。常に人の上に立つ振る舞いをするよう叩き込まれた。それに父が教師だったから監視の目も余計に強かったんだ。常に強く気高く家族に恥じる行いはご法度……そんな重圧がのしかかっていた」
「だから初めて会った時にあんな冷たい態度だったのか?」
リュウトは半年前の初めて会った時のルイを思い出しながら冗談交じりに笑う。ルイもその言葉に眉の下がった笑顔を浮かべながら申し訳なさそうに頭を下げる。
「ははは……まぁな。でも今はもう、それが崩れたんだ」
「崩れた?」
ルイはゆっくり頷いた後、ビルの方へ向けた自分の右手を見つめる。
「模擬戦の件で悪行が浮き彫りになり、マスターの息子だと大手を振って歩いていた父が捕まった事で、我が家は謝罪と反省、そして大人しくせざるを得なかった訳さ」
まるでビルを握り潰すかのように右手で拳を作り上げると、力無くその手を下ろしリュウトの方へ向き直る。
「育成施設でも家でも常に神経を張り詰めていたが、今はこうして自由を手に入れ、僕やクラス間の壁を壊してくれた君に本当に感謝している」
「そんな、大した事してねぇよ」
照れ臭いのか、右側に座るトウヤの方に視線を逸らすリュウト。だがルイは否定するように首を横に振りながら立ち上がると、リュウトに向かって右手を差し出てきた。
「いいや、君が助けてくれたんだ……ありがとうリュウト君」
リュウトは嬉しそうに鼻で笑うと、無言で頷きルイと深い握手を交わした。
「……それとさ、君はいらねぇからリュウトでいいよ」
「あ!それなら俺も呼び捨てで!」
手を離したリュウトは後頭部を掻きながら恥ずかしそうに呟くと、後ろで見守っていたトウヤも笑顔でリュウトの提案に乗ってくる。思わず笑い出す三人。ルイのその表情は半年前では考えられない程柔らかく、優しい顔となっていた。
「ではリュウト、トウヤ。改めてよろしくお願いするよ」
「さぁそろそろ休憩も終わりにして、また探索してみるか。三階のやつは、後でリサに聞いてみるよ」
リュウトは大きく伸びした後、ゆっくりと立ち上がりルイに視線を向ける。
「ではここの地下の道を探してみよう。実験が行われていたのはそこらしいんだ」
「手掛かりあるといいな」
「資料や教科書に記されている建物だから、可能性は低いがな。でもゼロではないはずだ」
三人は夜景を眺めた後、再び建物内に戻る為、扉の方へ歩き出す。二人が先にドアを通り抜けると、リュウトはもう一度自分達が座っていた所を見つめる。
半年前と今との思い出を噛み締めながら、ゆっくりと頷き屋内へと戻って行った。
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