アイツもいれば


「ではこれで一度解散しよう。また夜に」

「遅れんじゃねぇぞ」

「わかっているさ……それより……」


 ルイは手の付いていないケーキを見たまま無言で硬直する。何が言いたいのか理解したリュウトとトウヤは、お互いで顔を見合わせた後小さな笑みを浮かべた。


「持って帰っていいよ。元々ルイが払ってんだし」

「家で食べて」

「そうか?では遠慮なく。すみません!お持ち帰り用の箱を貰えませんか?」


 ルイは店員から貰った紙製の箱を貰うと、ケーキを丁寧に並べて行く。全てを入れ終えると、顔を綻ばせながら改めて二人へ視線を向ける。


「協力してくれてありがとう。僕は先に失礼するよ」

「ああ、また後でな」


 ルイは小さく一礼すると、紙製の箱を揺らさないようにしながら街中へと消えて行く。姿が見えなくなるまで見送ると二人もゆっくりと立ち上がった。


「俺達も一旦帰るか」

「うん、夕方で少し涼しくなってきたしね」


 ルイとの話し合いを終えたリュウトとトウヤも寮へ向けて店を後にする。茜色の空と共に街路樹に留まっているのだろう、ひぐらしの鳴く声が響く。


「ルイってさ」

「うん?」


 帰路の途中、唐突にトウヤがルイの話題を口にする。先を歩くリュウトは返事をしながら背後に視線を向けてみた。


「思ってたより、物腰柔らかい感じだね」

「最初に会った時は最悪だったけどな」

「確か例の模擬戦前だっけ?」


 リュウトは半年以上も前の、それでも鮮明に覚えている記憶を掘り起こす。レンを殴り、然して殴り返された時に隣のクラスからやって来た少年。

 模擬戦の後に父である教師の悪行も含めてレンとリュウトの所に頭を下げて来た。その事務的な当時とは、今の印象と大きく違う。


「あの後は特に仲良くなるとか無かったんだけど。まさか一緒に何かするなんて……」

「リュウト?」


 突然黙り込むリュウトにトウヤが覗き込むようにリュウトを見る。その瞳は、夕焼けの空に雨でも振らしそうな表情を浮かべていた。


「レンも居れば、もっと楽しかったのかな」

「リュウト……」

「そうも言ってらんねぇな。まずは今日の夜だ」


 リュウトは話題をすり替えるようにニコッと笑いながらトウヤの方に顔を向ける。だが振り返る僅かな瞬間の表情は、五ヶ月前の友に刃を向けられた時と変わらない顔をしていた。


「うん、そこからだね」

「何かあるはずなんだ。じゃなきゃあんな急に――ん?」


 その表情を見逃さなかったトウヤは、浮かない顔をしながらリュウトの後ろを歩いて行く。やがて寮の入り口が見えて来ると同時に一人の人影も視界に入ってきた。


「あれ?マナ?」

「おーどっか行ってたのかお前ら」


 寮の入口には腕を組んだままタバコを吸うマナが立っていた。二人の姿を見るなり小さく手を振りながら歩み寄って来る。


「ちょっと街にね。何か用事?」

「まぁな、それもちょっと良くない事態だ」


 マナの楽観的な表情は変わらないが、目付きだけは僅かに鋭くなる。吸い終わったタバコを吸殻ケースに捨てると、畳まれた一枚の紙をポケットから手渡してきた。


「これ見りゃ分かるんだけど、例の模擬戦の先生。あの人が脱獄したんだ」


紙には緊急連絡と大きく書かれ、そこには模擬戦をした例の先生が脱獄して消息不明だと記されていた。


「脱獄?でもあの人って滅殺者スレイヤーが監視してたんじゃないの?」

「その監視を倒して逃げたんだよ」


 マナの表情が一気に険しいものへと変わる。


「各支部でも行方を追ってるがまだ見付かってねぇ。そんで最後に戦ったお前に恨みを持ってる可能性もある」

「恨みって言われても自業自得なのに……」

「そんなんは通用しねぇから伝えに来たんだ。まぁ向こうは丸腰だから魔装具まそうぐがあるお前らなら大丈夫だとは思うが……変な動きはしないような」


 まるで今日の出来事を知っているかのように釘を刺すマナ。紙を返して貰うと再びポケットの中にしまい二本目のタバコに火をつけた。


「まぁそういう事だ。他の生徒には悪魔が付近に出たって事で連絡してあるし、本部に残ってる子には可哀想だが外出禁止もしてある」

「俺達は?」


 リュウトの言葉に、マナは鼻で笑うと咥えていたタバコを指で挟み別の手でリュウトの額にデコピンをお見舞いした。


「お前らに一々禁止令出さなきゃいけないたまかよ?」

「痛って……」

「話したら調子こいて何でもやりかねないから言わなかったけど、本部にはお前らの事を一目置いてる奴もいる。魔装具まそうぐもあるし候補生で悪魔を倒したってな」


 そう言ったマナの顔はどこか心配そうな、そして誇らしげな表情にも見てとれた。


「だからってお前らはまだ候補生だ。リュウトには前に言ったが無理と無茶は違う。それは忘れんなよ」

「ああ、わかってるよ」


 マナは鼻で笑うと、リュウトの頭を髪が乱れるように撫でた。


「そんじゃマジで気を付けろよ。何かあればすぐ連絡しろよな」

「わかったよ。ありがとうマナ」


 マナはリュウトの言葉を聞き終わる前に本部の方へ歩き出し、言葉を返す代わりに後ろ手に手を振っていた。


「何だか不穏になってきたね。まさかレンの件とかと関係してないかな」

「一瞬思ったけど、さすがにな……仮にそうだったら逆に出来すぎてるだろ」


 因縁とも呼ぶべき者の脱獄とレンが居る支部の研究。混じり合う事の無い出来事の重なりにリュウトは僅かに不安を覚えたが、それ以上に大切なレンの顔が浮かんでいた。

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