血族と不信


「そもそも何でお前が追ってんだよ」

「その話しをする為には、少し着いてきて貰えないかな?」


 リュウトの質問にルイは親指を立てた右手を後方にある教室の出入口へ向ける。リュウトは大きくため息を吐いて後頭部を掻きながら立ち上がると、ルイの横を通り過ぎて教室を出て行く。今のリュウトには、これしか選択肢が無かった。


「トウヤ君も行こうか」

「わかったよ」


 三人は教室を後にすると、エレベーターを上がりロビーを出て外に辿り着く。その間、ルイは無言のまま例の話しは語らなかった。

 三人は本部のビルを抜け大通りのある街へと歩き出す。


「この辺りなら周囲の音が雑音として掻き消されるだろう。あそこのお店へ入ろうか。僕が奢るよ」


 ルイが指差したのは外にテープ席のあるカフェのような店だった。リュウトとトウヤをテーブル席に座らせ、ルイは店の中へと入って行く。

 普段行かないような店の外装と雰囲気にリュウトは辺りを見渡す。


「何だが落ち着かねぇな……」

「こんな店来た事ないし、ご飯行くとしてもファミレスかマナさん行き付けの定食屋くらいだしね」


 オシャレな鉄製の椅子に姿勢よく座っているせいか、背中と腰に痛みが走り始める。いよいよ立って待とうかとした時に、店の中からルイが戻って来た。


「待たせてすまない。中は結構混んでいてね」

「いや、大丈夫だけど……」

「これは……」


 ルイの持つプレートには三種類のケーキが四つずつと、カップに注がれたコーヒーが三杯置かれていた。

 あまりのケーキの数に二人は開いた口が塞がらないままルイを見つめる。だがそんな事など気にもせずルイはコーヒーを二人の前に置いた。


「ケーキは好きなのを選んでくれ。余れば僕が食べる」

「そ、そうなのか……」


 平然とケーキを二つ自分の前に並べフォークで小さく切り取ると口の中へ運んで行く。普段は眼鏡の奥にある厳格な青い目が、まるで子供のように柔らかい目付きへと変わる。

 二人は改めて彼が同い歳の少年だと確認した。


「それで、どうしてお前が追ってんだ?」

「ああすまない。追い始めたのは一年程前から何だ」


 甘さを口の中から消すために、砂糖やミルクが入っていないコーヒーを一口入れるルイ。先程の少年のような瞳は普段の目付きに戻っていた。


「まだリュウト君も居なかった頃だ、僕の方のクラスで数名の生徒が同じように推薦と言う名目であの支部に転入しているんだ」

「そうなのか?でもレンやマナからはそんなの聞いた事無かったぞ」


 ルイはリュウトの言葉にゆっくり頷くと、足を組んで背もたれに体を預ける。


「その筈だ、転入は秘密裏に行われていたからね。何よりあの支部はマスターが権限を持ってるからそう簡単にすくそして僕の父はマスターの息子であり先生でもある」


 ルイは足を組み直してテーブルに置いていたコーヒーを再び口にする。マスターが権限を持つ支部と、その息子が請け負った育成施設のクラス。リュウトの目付きが僅かに鋭くなる。


「だとしたらお前はマスターの孫だろ?怪しまれても文句は言えないぜ?」

「確かにそうだ。だが考えてみてくれ、こんな危ない身内の事情をわざわざ君達に話し、そして同行を頼んでいるんだ」

「そう言えば、どうして俺達なの?」


 トウヤの問いにルイは組んでいた足を戻し、姿勢を正すと二人の目をしっかりと見つめた。


「僕にとって滅殺者スレイヤーとは悪魔を倒し、人々を守る存在だと思っている。だが父は怒りの捌け口として私利私欲を重ね、マスターの祖父も何をしているかわからない。そんな事はあってはならないと思うんだ」


 ルイの話しを黙って聞いているリュウトとトウヤ。ルイの目は真剣そのもので悪心を感じる事はない。


「それが例え家族であってもだ。万が一道を外しているのなら……それは血の繋がった者が正さなければならない。君達はかくの事を追っている。私は家族の真相を探っている。目的は違うが利害は一致していると思うが、どうだろうか」

「……なるほどね」

「それともう一つ」


 ルイは胸元から一枚の紙を取り出す。そこには幼い頃のルイと当時の同い歳だと思われる女の子が写された写真だった。二人は笑顔を向けながら撮影者の方へピースをしている。


「彼女は親類の幼なじみだったんだ。もちろん育成施設ここへ来て一緒に学んでいた。……学んでいたんだ」


 写真を胸ポケットへ戻すと、二人から視線を外し俯き加減に話しを続ける。太ももの上に置かれた手はズボンを強く握り締めシワになっていた。


「僕の知る限り、一番最初に彼女は推薦で支部へと連れて行かれたんだ。どれだけ止めた事か、父へ中止するよう懇願した事か……だが向かう時の彼女は変わっていたよ。まるで力を求める獣のようになっていた」

「力を……求める……」

「優しかった彼女があんな考えになるはずが無い。疑問が浮かんだ僕は初めて血族と言う力を借りて祖父へも話した。だが『支部の決めた事だ』と言って一蹴されてしまったよ」


 ルイのズボンを握る力が強くなり、自身の弱さに震える。


「それから彼女の消息は分からなくなってしまったんだ。その間にも数名のクラスメイトが連れて行かれている。そして今回は君達のクラスでもそれが始まった……お願いだ二人共。僕と共に支部が何をしているのか探ってもらえないだろうか」


 ルイは土下座のような体勢で二人に深々と頭を下げる。二人の位置でルイの表情は見えないが、目元から溢れ出た思いが一粒の雫となって地面へと落ちて行く。


「ルイの幼なじみや支部の事がわかれば、レンの事も分かるかもしれないね。支部へ行く時に力を求めるようになったってのもレンと似てるように思わない?」

「ああ……」


 トウヤの意見にリュウトは静かに頷き半年前の事を思い出す。レンを止められなかった自分と、傷付けるのが怖くて手を出せなかった後悔。リュウトは大きく深呼吸した後、頭を下げたままのルイに言葉をかける。


「わかった。協力するよ」

「……恩に着る、ありがとう」

「それでその跡地にはいつ行くの?」


 ルイは目元を拭ってから顔を上げると再び厳格な表情に戻り、気分を落ち着かせるためかコーヒーを一気に飲み干した。


「うぅ苦いな……今日の時間は夜の九時に君達の住む寮に集合しよう」

「わかった。なぁルイ」


 口の中に広がった苦味を消すためケーキを頬張るルイ。

 リュウトは僅かに口元を緩ませると、右手をルイの前に差し出す。


「まぁ最初は良くない出会いだったかもしれねぇけど、これからよろしくな」

「……あぁ、よろしく頼むよ」

「俺もよろしくね」


 テーブル越しに軽く握手を交わす三人。これから暑い季節が始まる中、リュウトの灰色になっていた景色に僅かに色が戻った瞬間だった。

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