跡地探索編

灰色の景色

 肌寒かった季節を超え、半袖でも暑くなって来た季節。大切だった友が離れ灰色のような世界を過ごしていた。


「まーだいじけてんのか。そろそろ前向けよな」

「噂で聞いたんだけど、レンが行った場所って凄い所らしいよ?リュウトが行く予定だったんだけど取り消しになったんだって」


 当初よりは少なくなったものの未だ噂は絶えず続いている。

 リュウトはそんな与太話など気にもせずに外の景色が映像として映された窓を眺めている。だがその目に輝きは灯っていない。


「何!?レンが斬りかかってきただと!?」


 時は戻り、五ヶ月前の来客室。レンとの戦闘を終えて戻ってきた二人の言葉にマナは咥えていたタバコを落とす程驚愕する。実際、リュウトには大きな傷は無いが小さな擦り傷や衣服の破損が見られた。


「マナ、レンはどうしたんだろう」

「あたしにも分からねえ……でもレンがそう言ってたなら、あいつもプレッシャーみたいなの感じてたのかもな」


 マナは机に落としたタバコを拾い上げ勢いよく吸い上げると、これでもかと紫煙を吐き出し灰皿に押し潰す。

 しばらく静寂が続いた後、マナが小さく溜め息を吐いて語り出した。


「正直な事言うとアイツの気持ち、分からなくねぇんだ」

「え?」


 突然の言葉に顔を上げる二人。マナはソファーに体を預けながら背もたれの頂上に後頭部を乗せるような体勢で呟いていく。


「ユウキもリサも他にも何人か居るが、あたしの同期だろ?ユウキは滅殺者スレイヤーになる前から魔装具まそうぐを持ってたし、リサも後から手に入れてみりゃあ数少ない回復出来る天才肌と来たもんだ。そんなあたしはどうなんだ?未だに魔装具まそうぐなんざ持ってねぇ。あの頃は……ちょっと落ち込んだもんだよ」

「そうなのか……」


 当時の自分を思い出しながら、語っていくリサ。焦りや憧れ、それがプレッシャーの様になりやがて怒りに変わる。

 そんな苦い思い出を僅かに口元を緩ませて払拭すると、だらけていた体勢を整えて二人を見つめる。


「そんな昔の事はいいんだ。レンについてなんだけど、向こうの支部に直接連絡入れたんだがやっぱりマスターの権限で適当にあしらわれちまった」

「何とかして話しに行けたりしないかな」


 リュウトの提案にマナはゆっくりと首を横に振る。


「だから直接行ってもマスターの権限で入れねぇ。それにな、その支部はユウキやリサが元々居た場所何だ」

「え?それならユウキかリサに頼んだらもしかしたら――」

「いいや、だからこそ無理なんだよ」


 マナの目付きが僅かに鋭くなり、食い下がらないリュウトに視線を向ける。


「お前は誰の推薦でここに来た?ユウキとリサだろ?あいつらは上級の滅殺者スレイヤーだ。マスターからの信頼もあるが、もしお前が下手に動いてその信頼を破ったらどうなると思う」

「……」


 答えがわかったリュウトは何も言わずにゆっくりと頭を下げる。トウヤも痛々しい姿のリュウトが見てられずそっと視線を逸らす事しか出来なかった。


「でもあたしだって馬鹿じゃない。要望はいくつか出してある」

「要望?」

「まずレンの健康状態と経過観察を逐一知らせる事。それをマスターに直接送り付けたから通ればレンが何してるかはわかる」


 マナはそう言いながら胸ポケットから新たにタバコを取り出すと、口に咥えて先端に火を当てる。再び小さな灰色の煙が登り出すと、今度はズボンのポケットから折り畳まれた紙を二人の前に置く。


「一応の提案書と契約書だ。多分これぐらいの事は飲んでくれると思う。……今はこれしか出来ねぇんだ」

「わかった、ありがとうマナ」


 再び紙を取り上げポケットにしまうと、足を組み直しながら紫煙をくゆらせる。再びだらけた姿勢を取ると瞳は何かを考え込むように天井を見つめたままだった。


「……」


 時は戻り現在。リュウトはあの時のマナとの会話を何度も思い出していた。契約書は許可が出たものの、結果二ヶ月ほど前から連絡は途絶えレンの消息は分からなくなった。


「大丈夫かな、あいつ」


 同じ学校のような場所があり、そこで学んでいる――。リュウトは自身にそう言い聞かせながら、奥に眠る胸騒ぎを抑え込む。

 ふと周りを見渡すと、いつの間にか生徒の半数が教室を後にしていた。


「そうか、もうそんな時間か」


 誰に話す訳でも無く、一人取り残されたようなリュウトは時計を見ながら呟く。


「今日からだもんな、夏休み」


 続け様にカレンダーを見ると今日の日付に丸で囲まれ夏休みと書かれている。教室のクラスメイトは長い休みの始まりにこれでもかと気分が高揚していた。


「見つけた、もう帰ったのかと思って寮まで探したよ」


 そんなクラスメイトを通り過ぎ、リュウトの前の机に座り込むトウヤ。短髪だった髪は僅かに伸びて整った顔立ちをより一層引き立たせている。

 リュウトは心配したトウヤには言葉を返さず、再び映像の窓へ視線を向ける。


「そろそろ帰ろうか」

「……ああ」


 リュウトの返事にトウヤが立ち上がり、席を直した時だった。教室の扉が開く音と共に騒いでいたクラスメイトの声色が僅かに小さくなる。


「失礼するよ」


 あまり聞かない声に二人も扉の方へ目をやると、声の主はすでにこちらへ歩み寄って来ていた。学生服をキッチリと着こなし、青色の眼鏡の奥の瞳は真っ直ぐにリュウトを見つめている。


「リュウト君、話しがあるんだ」

「何だよルイ。模擬戦と父親の事はもう謝ってもらったからいいよ」


 リュウトは気まずそうに視線を逸らしながら眼鏡の少年――ルイに言葉を返す。模擬戦前にレンと口論になった少年であり、今は投獄されている先生の子供でもあった。


「それは……本当にすまなかった。それで今日は少し込み入った話しがあるんだ。出来れば二人で着いてきてほしい」

「俺は大丈夫だけど、リュウトは?」


 リュウトはポケットに手を突っ込み、大きくため息を吐きながらルイが経つ方向とは真逆の窓の方へ体を向ける。その姿を見たトウヤは苦笑いを浮かべてルイを見た時だった。


「……ここで話すのはちょっとはばかられるが仕方ない。実はとある研究を進めている者達を追っているんだが、その研究所跡地がこの街の近くにあるんだ。そこへ行こうと思っていてね」

「研究?何だが物騒だね」


 トウヤが対応するとルイは少し間を空けた後、先程よりも更に声を小さくして話す。


「その研究こそ、レンを推薦で引っ張って行った支部の研究なんだ」


 ルイの言葉にリュウトは即座に振り向くと、眼鏡越しに見える瞳を睨み付ける。威嚇にも似た気配をリュウトが出すも、ルイは物怖じ一つしなかった。

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