消えない不安


 レンが教室を出ていってから数時間後、リュウトとトウヤは寮への帰り道を歩いていた。


「それにしても良かったのか?住むならビルの方が人はいるし安全だぞ?」

「それなら尚更ここのが良いよ。悪魔が出ても他の人に被害が出ないし。それよりレンはどこ行ったのかな……」

「部屋も閉まってたし、大丈夫だといいんだけど……」


 あの一件の後、レンは教室に戻って来る事はなかった。心配になったリュウトとトウヤがレンの部屋や周辺を探すも、その姿は見当たらず時間だけが過ぎていく。

 ロビーで聞いてみるも明確な答えも返ってこない。底なし沼のように広がる不安を抱えながら仕方なく二人は帰路に着いたのだ。


「いた!おーい!」


 もう少しで寮の入口が見えてきそうな時に、二人を呼ぶ声が歩いてきた方向から聞こえて来る。


「リュウト!トウヤ!止まれって!」

「マナ?どうしたの?」


 声に気付いて振り返ると、ビルから寮まで走って来たのか息の切れたマナが立ち止まった二人の前で呼吸を整える。


「お前レンから何も聞いてねぇのか!?」

「聞くって何を?教室出て行ったまま帰って来なかったし、部屋も閉まったままだから帰ってきたんだよ」

「レンが、ここを離れる事になった」


 予想すら浮かばなかった言葉に二人も声を荒らげる。同時にリュウトの胸の奥底から得体の知れない恐怖と不安が湧き上がってきた。


「はぁ!?」

「どうして!」

「別の支部の滅殺者スレイヤーが来てレンと話してたらしいんだ」


 呼吸が正常に戻ったマナも眉間に皺を寄せながら不服そうに語る。


「その前に支部があるのかよ」

「悪ぃまだ教えてなかったか……まぁここだけじゃまかり通らねぇからな。話しを戻すけど、そこの支部はマスターの命令で魔装具まそうぐや悪魔についての研究を専門としてんだ。育成なんて出来ねぇと思ってたんだが、レンを候補生として迎えたってさっき連絡が来たんだよ……」


 自分の生徒の事が事後報告だけで済まされる事態にマナは怒りを隠す事が出来ず苛立っていた。それと同時に何故レンなのかと言う疑問も浮かび上がる。


「レン……どうしちゃったんだ」

「何か知ってんのか?」


 呟くように言葉を漏らしたトウヤにマナが視線を向ける。

 トウヤは静かに頷くと最近のレンの事を打ち明けた。


「うん、あの悪魔甲殻の悪魔を倒した後から少し様子がおかしかったんだ。ずっとイライラしてるような」

「今日もクラスの女の子に怒鳴ってたんだよ」


 レンの変化に気付いていたものの、寄り添う事が出来なかったリュウトとトウヤは小さくため息を吐いて俯く。その姿を見たマナは慌てて二人の頭を優しく撫でた。


「なるほどな……ってお前達が落ち込むな!とりあえずこの件は他の奴には黙っとけ。勝手に居なくなりやがってあいつ……せめて先生には話せよな」

「頼むよマナ」

「任せとけ、無理やり連れてかれてんなら許せねぇしな」


 そう言い残して再びビルの方へ走り出していくマナ。だが途中で立ち止まると、二人の方へ向き直り声をかける。


「ああっと忘れてた!後でレンの部屋も探ってみてくれ。中はそのままにしてあるから!」


 マナはポケットから取り出した何かを二人に向かって弧を描くように投げる。トウヤがそれを受け止めると、レンの部屋の番号が記された鍵だった。


「レンの……」

「今から行ってみるか」


 リュウトの言葉にトウヤは迷うこと無く首を縦に振る。その目は甲殻の悪魔と戦う前の弱々しさは無く、揺るぎない強い思いが込められていた。


「もちろん。何かわかるなら、レンの異動を止められるなら行こう」


 二人は寮の入り口に荷物を置くと、ビルに向かって走り出す。レンの事を思うと握り締める鍵に力が入り、足も蹴り飛ばすように前へ出る。

 それと同時に拭う事が出来ない不安が未だに脳裏に漂っていた。


「なんか手がかりが無いかな」

「三人で滅殺者スレイヤーになろうって言ってたのに……」


 部屋を見渡すと私物のほとんどが置かれており、まるで身一つで消え去ったような状態だった。


「荷物はほとんど残ってるんだね」

「武器の木刀まで置いてる……本当に居なくなるつもりなのかな」


 レンが愛用していた少し長めの木刀も机の横に立てかけられていた。模擬戦や甲殻の悪魔との戦闘で何度も折られるも、同じ形状の物をずっと使っている。

 リュウトが目を細め木刀に触れようとした時だった。


「リュウトこれ!」


 突然、トウヤが枕元に置かれていた数枚の紙を取り上げリュウトに渡す。そこには異動の手続きを完了した書類だった。

 移動先の支部とサインの所にはレンの字で名前が書かれている。


「研究部門の支部……。レン本当に行っちゃうのか…?」

「あれ、これ移動の時間じゃないか?」


 トウヤが書類の一部分を指差す。そこには移動に当たっての集合場所と時間が記されていた。


「電車で移動……この時間と駅の場所なら!」


 時計を見て現在時刻を確認するリュウト。現在地から電車が出る駅まではそう遠くなく時間にも余裕がある。リュウトの書類を握る手に力がこもった。


「まだ間に合う!行こうリュウト!」

「ああ!」


 書類を投げ出し、鍵もかけずにその場を後にするリュウトとトウヤ。エレベーターも待っていられず下へ続く階段を転げるような勢いで駆け下りていく。

 不安は残るものの、会える可能性が高くなった事に喜びにも似た感情がリュウトの中で芽生え始めていた。

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