亀裂

 甲殻の悪魔と戦闘を終えてから数日後、再開した授業を受け終わったリュウトとレンは教室でトウヤの姿を見守っていた。


「トウヤ君って言うの?よろしくね〜」

「私も私も!仲良くしてね!」


 自分達のクラスと隣のクラスから数名の女の子がトウヤを囲み楽しげに、そして一方的に話している。トウヤは苦笑いを浮かべ、時折リュウト達に助けを求めるように視線を向ける。

 だが手を出せば何を言われるか分からない事を知るリュウトはただ終わるのを静かに待っていた。


「何かすっかり人気者だね」

「そうだな」


 頬杖をついて微小を浮かべながらトウヤを見つめるリュウトと、ポケットに手を入れながら映像窓の景色を眺めるレン。


「模擬戦の後に隣のクラスと交流が出来たって言ってもここまでとは思わなかったな……トウヤがきっかけになったのかもね」

「どうだろうな」


 普段と同じ言葉でも、どこか感情の違うレンの返答に違和感を覚えたリュウトが視線を向ける。気付かないレンは未だ映像窓を見つめているだけだった。


「レン?何かあった?」


 気掛かりなリュウトが直球を投げかけるも、レンは振り返ることなく鬱陶しそうに呟く。


「……なんもねぇよ」


 小さくため息を吐きながらクラスの女子に囲まれたトウヤに視線を向ける。まるで興味が全く無いような冷たい眼差し。

 そんなレンの瞳が運悪く女子の一人と合ってしまった。


「ちょっとレン、何その文句ありそうな顔は?」


 女子は気に食わなそうに文句を垂れながらレンに歩み寄る。レンはすぐに映像窓に視線を戻すと、気だるそうに小さく呟く。


「……ねぇーよ」

「まーたそんな事言って〜トウヤ君がかっこいいから拗ね――」


 レンの言葉を否定し、女子がトウヤの名前を出した時だった。

 椅子から勢いよく立ち上がり、机を倒しながら女子に顔を近付け睨みつける。その目は優しさが消え、冷たく痛いような鋭さをしていた。


「ねぇって言ってんだろッ!!!」


 レンの怒号に騒がしかった教室が静寂に包まれ、視線はレンの方へ向けられる。明らかに今までと違うレンの態度に焦りながらリュウトが倒れた机や椅子を直していく。


「レン……落ち着けって」


 だがリュウトの言葉も虚しく、今度は女子が怒りを露わにして言い返す。


「何よ!この前の悪魔と戦った時もリュウトやトウヤ君に助けられたくせに!」


 甲殻の悪魔と戦った時の事を言ってるのだろう。すぐに察しがついたレンは眉間に皺を寄せながら目を細めるように女子を見つめる。


「なんでお前が知ってんだ?」

「他の滅殺者スレイヤーさんが言ってたからよ!現れた悪魔をトウヤ君達が倒したって!レンはやられて何も出来なかったんでしょ!」


 女子が負けじと言い放った時だった。レンの目付きが変わると同時に今までに無いほど低い声で言葉をこぼす。


「……あぁ?」

「な、何よ……!」


 烈火の如く燃える炎を隠すような静かな怒りを向けながら、ジッと女子を睨み続けるレン。その瞳はもう同じクラスの友人に向けていいものではなかった。


「レン、もうやめとけ」


 さすがにまずいと思ったリュウトも声色を低くして止めに入るが、それを聞いたレンは吐き捨てるように笑うと今度はリュウトに敵視を向ける。


「何だよ、お前もこいつの肩持ってヒーロー気取りか?だったら悪役になってやるよ!」

「違う、俺は皆に喧嘩してほしくないだけだよ」


 煽るレンとは違い真剣な眼差しで話すリュウト。模擬戦の前のように突っかかってくるかと思っていたレンは怪訝そうに睨みながらその場から離れる。

 数日前の優しい眼差しは消え去り、まるで仇を見るような鋭いものへと変わっていた。


「そうかい、勝手に言ってろよ。おれは帰らせてもらうわ」


 置き土産のようにそれだけ呟くと、クラスの支線を受けながら教室を出て行く。力任せにスライドさせたドアは閉まることなく音を立てて倒れ込んだ。

 やがてレンの姿が見えなくなると、恐怖や疑問を小さな声で話し出すクラスメイト。レンに睨まれた女子は自分を抱きしめるように手を回しながら震える体を抑えようとしていた。


「大丈夫かい?」

「うん……私も言い過ぎちゃった……」


 女子は俯きながらトウヤの言葉に返事をすると、ゆっくりと自分の席に腰を下ろす。それを見たクラスの女子がまるで守るように集まり元気づけようとする。


「このままは良くないから、後でレンに謝ろう」

「うん、ありがとうトウヤ君」


 クラスの優しい暖かさを感じながら開かれたままの出入り口を見つめるリュウトとトウヤ。数日前には無かった親友とも呼べるレンへの違和感と壁が出来たような感覚。

 リュウトは悪魔に傷付けられた時よりも、得体の知れない痛みと恐怖を全身に感じていた。


「あの子候補生よね……何かあったのかしら」

「わからなけど、ちょっとね……」


 一方教室を後にしたレンは、自分の部屋へは帰らずロビーでエレベーターを降りていた。眉間に皺を寄せながら怒り肩でビルの出入り口へと進むその姿に、普通の大人を含め滅殺者スレイヤーすら道を開ける程の気迫をしている。

 自動ドアが開き、あと数歩で外へ出られる時だった。受け付けの横から男の声がレンを呼び止める。


「やぁ、君は候補生かな?」

「……」


 一瞬レンは動きが止まるものの、返事をすること無く出て行こうとする。すると男は演技のような大きいため息を漏らすと、大袈裟に首を振った。


「無視なんてやだなぁ。それとも本部の候補生は礼儀も知らないクソガキだらけなのかな?」


 呆れ気味に嫌味を吐く男に苛立ちを覚えたレンは外に出る事を辞めて男の方に向き直る。


「……何でしょうか?」

「うんうん、流石は本部の候補生。実はレンって言う男の子を探してるんだけど知らないかな?」


 自分の名前が出るとは思わず、一瞬だけ心が波打つもすぐに平静を取り戻し受け答える。


「……おれがそのレンですけど、何か用ですか?」


 演技的な言い方と口の悪い煽り文句に信用が無いレンは、男を睨みつけながら決して距離を縮めないでいた。それとは裏腹に探し人を見つけた男の済ました表情は綻んでいる。


「そうだったのか!いやぁこれは偶然か運命か。おっと、私は見ての通り滅殺者スレイヤーだ。実は君に話しがあってね、教室へ向かう所だったんだよ」

「話しって何のですか?」


 男は自己紹介代わりに着ている白衣の右腕側にある黒い腕章をレンに見せる。それは自分を治療してくれたリサと同じ十字架の刺繍が施されていた。


「うん。実は私はここに所属する滅殺者スレイヤーではないんだが、支部長と話しをしてレン君を正式にこちらの候補生として迎えられないか申請に来たんだ」


 レンにとっては予想だにしない話しだった。マナからも聞いていないあまりに唐突な提案のせいでレンの思考は乱れて、浮かんで来た疑問を口にする。


「そもそも支部ってここ以外にそんな場所があったんですか。それにどうしておれを?」

「ここだけでは遠い地域で悪魔が出た時に対処が遅れてしまう。その為に他にもいくつか支部があるんだ。そこで私は魔装具まそうぐについての研究をしている」


 魔装具まそうぐという言葉にレンの疑問だらけだった思考が正常に戻される。同時に暗闇だった自身の心に光が灯ったような感覚を覚えた。


魔装具まそうぐの……!」


 明らかに先程までと違うレンの反応を見て、白衣の滅殺者スレイヤーは口元に笑みを浮かべる。


「そうなんだよ。最近悪魔の動きが活発になって来ていてね、対抗するには人員の確保と強化が不可欠な訳だ。そこで君の戦闘力と魔装具まそうぐを合わせればと思ったんだ。ここには候補生ながら魔装具まそうぐ持ちが二人いるらしいしね」

「まぁそうですね……」


 嫌ではないが後ろめたさの感情が湧き上がったレンは視線を逸らすも、白衣の滅殺者スレイヤーが肩を掴み優しい笑みを浮かべる。


「安心したまえ。そんな二人に負けない程の才能を君は持っている。私達の研究と君の力があれば魔装具まそうぐの量産も夢じゃないかもしれないんだ!」

「才能……あるんですか?」


 レンの淀んでいた瞳が僅かに輝きを取り戻す。白衣の滅殺者スレイヤーはゆっくりと頷き真剣な眼差しでレンを見つめる。


「もちろんさ、でなければ我々が本部へ直談判などしない。それに魔装具まそうぐに関して私のいる支部以外に右に出る場所は無いしな」

「それならおれを……おれを強くしてくれませんか?」


 魔装具まそうぐと言う存在に悩まされていたレンにとって、白衣の滅殺者スレイヤーの話しを断る理由などなかった。レンは言えなかった思いの丈をぶつける。


「そのつもりだよ。ここだと詳しい話しが出来ないから来客室で話そうか」


 白衣の滅殺者スレイヤーはレンの背中に手を触れ、受け付け横の来客室へ誘導する。

 部屋へ入る直前、レンの目は希望で輝いていたが、白衣の滅殺者スレイヤーの表情はどこか暗い笑みを浮かべていた。

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