寄り添う友と


「トウヤそれは……!」

「おのれ裏切ったかゴミ虫めェェェ!」


 自らの魔力を注いで作り上げた分身が人に魂を売って魔力を捧げる。自分の力を奪われた気分の甲殻の悪魔は怒りで歯をカチカチと鳴らし、トウヤの持つ魔装具まそうぐに怒鳴りつけた。


「ありがとう、父さん母さん……」


 そんな甲殻の悪魔など気にもせずトウヤは鎌に優しく語りかけると、刃の方を右下に構え両手で握る。


「バカにするんじゃなイヨ!元はアタシの力なンだ!アタシに通用すると思ってるノカァァ!」


 立ち塞がっていたレンを退けて勢いよく斬り掛かる甲殻。両手の鎌を振り下ろすが、トウヤの鎌の刀身で防がれてしまう。


「ナニィ!?」


 トウヤは防いでいた鎌を押し返すと、刃を右上から斜めに振り下ろす。鎌の切っ先は甲殻の悪魔の体を捉え斜めに抉り斬った。

 そのまま鎌の勢いを殺さずに、弧を描いて左上から再び斬り払う。避けきれない甲殻の悪魔にX字の傷を作り上げた。


「これは友達レンの分だ」


 悲鳴をあげる甲殻の悪魔の腹部を蹴り飛ばしながら距離をとるトウヤ。痛みと憎しみ、何より裏切りによる形勢逆転のせいで頭に血が上り始めていた。


「クソ、クソォォォ!」


 甲殻の悪魔はあえて近付かず、魔力を纏わせた斬撃を連発する。だがトウヤは鎌を振り、飛ばされた斬撃を二つに斬り裂いて消し飛ばしていく。


「何故ダ、何故あたしの力が……力が通らナイ!?」


 斬撃を止め、自分が主力とする攻撃が届かない事に疑問を持つ甲殻の悪魔。トウヤは鎌を巧みに振り回す。


「そんな事知らないよ。でも一つだけ分かるとすればーー」


 回した鎌を再び右下に構え、甲殻の悪魔を見つめるトウヤ。魔力で形成されたスーツのような見た目のチェスターコート風の黒いコートが風に揺れる。


「俺達はもうお前の捨て駒じゃない」

「ほざけガキガァァァ!」


 耐えられない怒りに甲殻の悪魔は渾身の力を込めて鎌を振り下ろす。

 しかしトウヤの右下から振り上げた鎌と刃がぶつかった瞬間、甲殻の悪魔の刃に切れ目が通り、鎌は真っ二つに斬り落とされた。


「この力の差はナンダ、元はアタシのモノなノニ……」


 へなへなと力無く地面に座り込むと、背後から人の気配を感じる。そこにはリュウトを介抱するレンの姿があった。

 気を失っているが、魔力が心臓のように鼓動しているのを感じ取る。


「アイツを喰えば今ナラ……!」


 甲殻の悪魔はトウヤに目もくれず、気を失ったままのリュウトへと駆け出す。動きはおざなりになり口からはヨダレを垂らすその姿は、まるで自制心を失った動物のように見えた。


「そのガキをヨコセェェェェ!!」

「リュウトはやらねぇぞ!」


 勢いよく飛び上がり常人では考えられない大きさで口を開けながらリュウトへ向かう。耳まで開いた口を見て、レンが目を瞑りながら覚悟を決めるも、悪魔は襲ってこない。

 目を開けると二人と悪魔の間を遮るように薄い赤色の壁のような魔力が形成されていた。


「悪いけど私の大事な子達なの。あなたのエサにはさせないよ」


 レン達の後方から手袋型の魔装具まそうぐを着けたリサが右手を前に出しながら歩み寄ってきた。


「レン大丈夫か!」

「先生!」


 更にその後ろから、レンとリュウトを庇うように走り寄ってきたマナがレンに話し掛ける。


「遅くなって悪かったな」

「それより先生リュウトが!」


 レンが話終えるより先に前方の壁魔力からガラスがひび割れるような音が聞こえてくる。甲殻の悪魔がバリアに噛み付き、鋭い歯が魔力壁へと食い込んでいた。


「グ、クソ……こんなモノ!ガァァァアァァァッ!」


 魔力壁が粉々に砕け、破片が光に当たった雪のように輝きながら周囲に散らばる。悪魔は勝ったと言いたげに耳まで開いた口で不気味な笑みを浮かべる。

 だがその甲殻の悪魔の目に映ったのは、的を射るような目付きのリサの姿だった。


「終わりはあなたの方よ」


 甲殻の悪魔がリサと目が合ったその時、首に風のような物が通り抜け、甲殻の悪魔の首と胴体が離れる。二つの亡骸はリュウト達に届くこと無く地面へ落下すると黒い砂の山を作りあげた。

 甲殻の悪魔の背後には鎌を振り下ろした体勢のままのトウヤ。走り切った疲労により息を整えながら、砂となった残骸を見下ろす。


「これで……倒した……?」

「うん、ありがとうトウヤ君。とってもかっこ良かったよ」


 砂の山を見て呆然と立ち尽くすトウヤ。そんなトウヤの意識を戻すかのように優しく背中に触れながら礼を言うリサ。


「ありがとうございます……ってそれよりリュウトは!」

「やべッ!リュウト!おいリュウト!」


 マナは背後で横たわるリュウトの体に触れながら名前を呼ぶ。リサも魔力での治療に入ろうとした時、リュウトからわずかに声が漏れる。


「ん……」


 ゆっくりと意識が戻り平然と上半身を起こすリュウト。だがすぐに悲痛な表情を浮かべながら体を触るも、傷口どころか着ているコートにすら傷んだ部分が消えていた


「どうなってんだこれ……さっきまで血だらけだったのに」


 確かにリュウトが倒れていた所には大量の血が地面を湿らせている。確認の為にマナやレンがリュウトの体を触るも外傷らしい部分は見当たらない。


「それは魔装具まそうぐの魔力のおかげだよ」


 リサが手袋を外すと、白い煙のような魔力となり魔鉱石まこうせきのペンダントに吸収されていく。


「そうなのか……すごいな」

「ところであの悪魔は!」


 状況がいまいち掴めないリュウトはゆっくりと立ち上がりわずかに視線を鋭くさせる。だがリュウトの質問にマナが首を横に振った。


「あれはトウヤが倒したよ」

「そうか、よかった……」


 リュウトはトウヤを見ると、黒いコートに魔力を感じる大鎌を見て自分の魔剣と同じだと察する。トウヤはそんなリュウトと目を合わせ小さく口元を緩ませた。


「そういやおめぇらまーた無茶したな?」


 リュウトとトウヤの間に割って入るようにマナが二人の方を掴む。そのままレンの近くまで向かうと三人を並ばせる。


「レンは傷も塞がってねぇのに動き回って?リュウトは治ったとは言え死にかけて?トウヤもコイツら守る為に単身で戦った、と」

「……ごめん」


 指の骨を鳴らしながらため息をつくマナ。恐怖で顔を見ることが出来ない三人は座りながら地面を見つめる。

 鉄拳制裁を下すと思っていたが、マナは三人に高さを合わせ、引き寄せるように抱きしめた。


「バカ野郎が……無事でよかった」


 顔を下げたまま肩を震わせるマナの姿に、三人は反省の色が籠った苦笑を浮かべる事しか出来なかった。

 そんな時、リュウト達から少し離れた所で青白い光と共に優しい魔力を感じ取る。光源の方へ視線を向けると、抜け殻となった出来損ないの悪魔の体が砂となり、その上には弱々しく発光した青白い二人の人間が姿を現した。

 人間の姿を視界に捉えた瞬間、トウヤは驚きを隠せない表情で二人に走り寄る。


「父さん母さん!」

「トウヤ……」


 甲殻の悪魔に魔力を注がれていたトウヤの両親の思いが具現化した姿だった。トウヤの父は眉を八の字にしながら息子の名を呟き、母親はその場に泣き崩れる。


「ごめん、ごめんね……あなたの事守れなかった」

「そんな事ないよ!俺も無事だし。友達も守れたよ!」


 両親がリュウトとレンに視線を向けてくる。二人は笑みを浮かべながら静かに首を縦に振った。


「よく頑張った……」


 父親はトウヤの頭を撫でようと手を伸ばすも、トウヤの体をすり抜け触れる事が出来ない。トウヤは不安そうな表情を浮かべながら両親を見つめる。


「父さん達、もう消えてしまうんだ」

「残してしまってごめんなさい……でもあなただけでも生きてほしかったの」


 父親の言葉を皮切りに、青白く光っていた体が薄くなっていく。涙を堪えられない母親も口元が見えないように隠しながら思いを零していく。

 トウヤも両親にバレないよう、右手を強く握り締めながら笑顔を浮かべる。


「大丈夫だよ、俺には友達もいるし皆とも居られる。だから心配しないで!」


 トウヤの言葉と笑顔を見て微笑みながら頷く両親。魔力が底を尽きたのか、最後はロウソクが消えていくように、ゆっくりと闇夜へ溶けていった。

 歯を食い縛りながら小刻みに息を吸う音と共に、リュウト達の方へ振り返らず無言で肩を震わせるトウヤ。

 そんな後ろ姿にリュウトは疲労が限界を超えたおぼつかない足取りで歩み寄る。


「トウヤ、帰ろぜ」


 トウヤの肩に手を乗せながら微笑む姿を見せるリュウト。その瞳はいつも以上に濡れていた。


「リュウト……うん、帰ろう」


 二人の姿を自慢気に腕を組み鼻をすすりながら優しく見守るマナ。

 だがその後方で開いた傷口の治療を受けているレンは刺すような眼差しで一点を見つめている。その視線は笑顔でこちらに戻ってくる友の姿ではなく、二人が背中に担ぐ魔装具まそうぐだった。

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