家族の犠牲

 左肩から斜めに斬り払われた傷口から黒とも赤ともとれる鮮血が吹き出し、出来損ないの悪魔は喉が潰れそうな勢いの悲痛な声を上げる。

 甲殻の悪魔から仕留めたかったリュウトは斬り倒した悪魔に目もくれず標的甲殻の悪魔を睨み付けたまま握る魔剣に力を込めた。


「くそッ!」

「……ハハハ」


 甲殻の悪魔が小さく声を上げる。だがその声色は恐怖ではなく、まるで笑いを堪えているように零れたものだった。


「何がおかしい?」

「ハハ……ハハハハハハハァ!お前が今斬った悪魔は、元は人間何ダヨ」


 自慢気に話す甲殻の悪魔に、リュウトはまるで汚い物でも見るかのように嫌悪した表情を浮かべる。


「何言ってんだ。人間が悪魔に何かなる訳ーー」

「それはどうカナ?あの出来損ナイはアタシが作ったと言っただロウ?」


 呼吸が浅くなり、今にも消えようとしている出来損ないの悪魔に鎌の切っ先を向けて語る甲殻の悪魔。

 戦意が消失したかのような勢いにリュウトは神経を張り詰めながら魔剣を構え、力を緩めない。


「……それがどうした?」

「わからないカイ?ならヒントをやルヨ!」


 甲殻の悪魔は突然、距離を詰めたと思ったらいきなり斬り掛かる。だがその力には先程のような強さも無ければ、簡単に弾き返せる程度の速さしかない。

 まるでリュウトが答えを見つけるのを待っているかのように。


「悪魔は大抵、魔力を与えるチカラを持ってイル。そして与えた魔力を『目』として使う事も出来るのサ」


 甲殻の悪魔の話しにリュウトの剣筋がわずかに鈍り始める。弱い攻撃を繰り返す甲殻の悪魔はそれを感じたのかわずかに微笑んでみせた。


「この計画には目の役割をする悪魔と、それを持つ運び屋が必要だったンダ。そこへアタシの前に魔鉱石まこうせきを持った家族が現れたじゃなイカ。ここまで聞いて魔力を知れるお前ならもうわかるんじゃないノカイ?」


 甲殻の悪魔は攻撃を止めると、片側の羽だけで跳躍するように距離を取り戦闘の意思が無い事を示す。

 リュウトは甲殻の悪魔に神経を向けながら、与えられたヒントを頭の中で整理していく。魔鉱石まこうせきを持つ家族。トウヤの生い立ち。トウヤが持つペンダントから感じる暖かい魔力。

 何かに気付いたその瞬間、リュウトは目を見開くと同時に、呼吸の仕方を忘れたかのように息が荒くなる。


「まさか……」

「ようやく理解しタカ。その通リ。お前が今斬ったあの出来損ないは、あのガキの両親ダヨ」


 これを待ってましたとばかりに甲殻の悪魔は年老いた魔女のようなしゃがれた声で高らかに笑い声を上げる。

 同時にトウヤも全身が寒くなる感覚を覚えた。


「そんな……あれが父さん達?」


 トウヤ達は出来損ないの悪魔に視線を向けると、今にも消えてしまいそうな灯火を何とか繋いでいるような状態となっている。

 リュウトは体を震わせながら歯を噛み締めて甲殻の悪魔を睨む。


「てめぇ……」

「正確には親の『想い』をだケド。泣きながら言ってきタヨ『子供だけは殺さないでくれ!』って。殺す訳ないじゃなイカ!このガキは餌場に投げる釣り針の役なんだカラ。まぁ結局は親子揃ってアタシの捨て駒だけどネ!」


 これでもかと目を見開きながらリュウト達を大声で嘲笑う。両手を広げ、天を見上げながら笑うその姿は、もはや戦闘すらも余裕だと表現しているように見えた。


「くそがぁ!!」


 リュウトは握る魔剣に魔力を纏わせ戦意が無さげな甲殻の悪魔に斬り掛かる。怒りに震える重い一撃。

 力強く振り下ろされるも、甲殻の悪魔は自身を左側に逸らしいとも簡単に避けてみせた。


「まだまだダネェ」


 魔剣の勢いが地面に突き刺さり無防備となるリュウト。

 甲殻の悪魔はリュウトの姿を見て口元を緩ませると、右手の鎌を腹部へと押し込んだ。

 コートとリュウトの体を貫通し、腰の辺りから鮮血に染まった鎌の切っ先が顔を出す。


「ぐッ……」

「リュウト!!」


 レンが叫ぶも、リュウトの体からは赤黒い鮮血が滴り落ちて地面を染めていく。魔剣は手から離れ、リュウトの体も鎌に持ち上げられ宙吊りのように足が浮く。


「いくら魔力が強くてもネェ、所詮は人間……感情が揺さぶられれば悪魔には勝てないノサ」


 甲殻の悪魔は表情が消えていくリュウトに耳打ちすると、勢いよく鎌を引き抜きリュウトの体を蹴り飛ばす。


「せっかく出来上がった方法だけど滅殺者スレイヤーにバレちゃ面倒だかラネェ。また新しい捨て駒を探すダケサ。喰って喰って喰らい続けて……アタシは『大罪』になるのサ」


 リュウトは尚地面を這いずりながら震える右手を甲殻の悪魔に伸ばす。だがその手が届くことは無く、伸ばした右手も糸が切れたように力尽きた。


「さぁ一番厄介なのは葬っタ。足が付かないように後はお前達ダネェ」


 動かなくなったリュウトを見て甲殻の悪魔は口元に笑みを浮かべる。その不気味な顔に悪寒が走ったレンは眉に皺を寄せながら甲殻の悪魔とトウヤの間に割って入った。


「ちくしょう……トウヤ逃げろ!」

「それだけの傷を受けながらまだ庇うカイ……泣けるネェ」


 睨み付けてくるレンを見てニヤリと笑う甲殻の悪魔。そのままレンから視線を外し、その奥にいるトウヤを見つめた。


「だが運命はもう決まったも同然。だから特別にあの悪魔と話しをさせてやルヨ」


 そう言った甲殻の悪魔は右手の鎌で風前の灯火とも言える出来損ないの悪魔を指し示す。同時に折れた左手の鎌をレンの腹部へと向けた。


「ただし変な動きを見せればすぐにコイツの傷口を抉るからネ」

「関係ねぇ!お前だけでも逃げろトウヤ!」


 レンまで死なせたくないトウヤはゆっくりと出来損ないの悪魔へ歩み寄る。わずかに胸の当たりが動いているものの、その力は弱く呼吸の回数も少ない。


「本当に父さんと、母さん……なの?」


 トウヤの問いかけに弱々しかった呼吸が一瞬止まり、出来損ないの悪魔から潰れたような低い声が漏れてくる。


「トウ、ヤ……?」


 名前を呼ぶその声に、トウヤは昔の記憶が蘇る。施設へ行く前の家族との思い出。


「その声は父さん……?」

「ゴ、メ、ンネ……」


 男の声とは違う女性の謝る声も聞こえてくる。悪魔化してわずかに声色は違うものの、トウヤにとっては安らぎのある聞きたかった声だった。


「母さん……ううん、大丈夫だよ……」


 トウヤは顔を下に向けながら首を横に振る。例え目の前の姿が異形でも、声を聞くだけで抑えていた物が溢れ落ちた。


「ト、ウヤ」

「何父さん……?」


 父親と思しき声にトウヤが聞き返す。真っ直ぐ上を見つめていた昆虫のような目がトウヤの方へ向き直る。


「オマエ、ハ……」

「うん……」

「ドウ、シタイ……」


 思いもよらない問い掛けにトウヤは思わずキョトンとした表情を浮かべる。だが父親らしき声はそのまま伝えたい言葉を続けていく。


「え……?」

「トモ、ダ、タスケ……」

「うん……その為に俺は滅殺者スレイヤーになるんだ」


 トウヤの答えを聞いてから数秒の沈黙の後、出来損ないの悪魔はおもむろに右手の鎌をトウヤへ向ける


「……テヲ」

「え?」

「テヲ、カシテ……」


 出来損ないの悪魔が「手に触れろ」と言っている事がわかったトウヤは、恐る恐る冷たい金属のような鎌に触れる。自分の手を乗せただけで耐えられないのか、出来損ないの悪魔の腕は徐々に下がっていく。


「ガン……バ……」


 言葉の途中で出来損ないの悪魔は動かなくなり腕からも力が抜ける。だがそれと同時に冷たかった鎌から突然、人に似た温もりを感じ始めた。

 トウヤが違和感に気付き目を見開いた瞬間、出来損ないの悪魔から紫色の魔力が雪崩のように吹き出し始める。


「なんダアレは!?」

「トウヤ!」


 甲殻の悪魔も動揺が隠せず情けない声を上げ、レンも魔力の波に呑まれそうなトウヤに声を荒らげるも返事は無い。

 吹き出した魔力は周囲に溢れ出すも、次第に逆流するようにトウヤの体へ結集していく。体を覆った魔力はやがて黒いコートとなり、右手には骨に似た少し歪な柄と、そして先端には刃が二枚ズレて重なったように中腹辺りから切っ先が突出した鎌の魔装具まそうぐが握られていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る