俺の番

 屋上へ到着すると、トウヤは落下防止用の柵の近くにあるベンチに腰掛けていた。最悪の事態が起きていなかった事にリュウトは僅かながらに安心する。


「ここにいたのかトウヤ……」


 リュウトが呼びかけると、トウヤはまっすぐ前を見たたまま言葉を返す。


「ごめんねリュウト」

「何でトウヤが謝るのさ。あの悪魔が悪いんだよ」


 拒否されないか心配しつつも隣に座り込むリュウト。依然としてトウヤはビルの間から見える夕日を見つめていた。

 リュウトの言葉に返事は無く、座ったままの二人に数分の静寂が訪れる。

 やがてタイミングを探していたかのようにトウヤが口を開いた。


「おれは、どうしたらいいかな。もうこのまま全部捨てられたらいいのにって思ってる。全部おれのせいにしてくれたらって」


 施設の件や悪魔の襲撃、少なからずマナの言葉のせいでトウヤの心は全快は難しい程壊れていた。

 自分が死ぬ理由を探している――。そんな状態だった。

 リュウトは数秒の沈黙の後、ゆっくりと言葉を探すように話し始めた。


「おれもちょっと前だけどさ、そんな事思ったよ。大事な人がみんな死んで、何で俺だけ残ったんだろう?って」


 チラリとトウヤの方を見ると、無言のまま首を縦に振り相槌を打っている。それを確認したリュウトはそのまま話しを続けた。


「でもその時に助けてくれた人が言ったんだ。「お前はこれからどうしたい?」って」

「これから?」


 無言だったトウヤから言葉が漏れる。その質問は、当時のリュウトも聞き返したものだった。


「そう、これから。あの悪魔は例えおれやトウヤが死んだ後も人の心を狙って他の人を襲ってく」

「そんな……」

「だからどんな理由でも、悪魔を倒したいって思いがあるなら力を貸してやれる。……そう言ってくれたんだ」


 肌寒い夜風と消えてしまいたいという感情。何もかも失ったあの時、手を差し伸べてくれた恩人の姿。リュウトは当時の事を思い出しながらゆっくりと語っていく。


「そっか……おれにもそんな人がいれば良かったな」


 やがて話し終えると、トウヤは無言で数回頷き力の無い瞳で見つめる。

 まったく伝わっていない事にリュウトは一瞬驚いた表情を見せると、今度は悪戯っぽく笑みを浮かべ下から覗くように顔を見上げた。思いもしなかった動きにさすがのトウヤも体を傾けてリュウトから離れるような行動をとる。


「な、何だよ……」

「おれを助けてくれた人に比べたらまだまだ弱いけどさ。……今度は俺が、これからどうしたいか聞く番だよ」


 リュウトの考えを察したトウヤはその瞬間、目頭から堪えていたものが溢れ出た。

 まるで小さな子供のように声を震わせながら不安を吐露していく。


「でもおれ、マナさんに嫌われてるんじゃ……」

「そんな事は絶対無い。だってあのマナだもん」


 物凄い真剣な眼差しで言ったリュウトだったが、二人は堪えきれず笑い出してしまった。


「何だよそれ、理由が一個も無いじゃん!……でもありがとうリュウト。ちょっとだけ元気出た」

「よかった。でもおれが聞いたのは本気だよ」


 ひとしきり笑いあった後、トウヤが改めてお礼を言うとリュウトは再び真剣な眼差しを向ける。


「え?」

「今レンがどうなるか分からないし。滅殺者スレイヤーの中も少しごたついてるみたいだけど。トウヤがその気なら、迎えてくれるはず」


 トウヤは少し考えた後リュウトと目を合わせる。その瞳は未だ弱っていはいるものの、小さな輝きが灯ったように見えた。


「リュウト……うん。出来るか分からないけど、やってみるよ」


 トウヤの返事にリュウトは笑顔をこぼしながら大きく頷くと、タイミングを見計らっていたかのように屋上から下の階へ続く扉が開いた音がした。


「やっぱここにいたか二人共」


 左手に書類を抱えたマナが二人を見るなり歩み寄ってきた。トウヤはその姿を見た瞬間、自身の体が上手く動かせなくなる状態に陥る。


「マナさん……あの、さっきは」


 トウヤが言葉を詰まらせながら動揺していると、マナはトウヤの前まで来ると勢い良く頭を下げた。


「すまなかった!」


 声も大きいマナに驚くトウヤ。だがその隣にいるリュウトは小さく笑みを浮かべている。


「大人気なかったしダッセェ事しちまった。お前は絶対悪くねぇ。あのクソ悪魔が悪いんだ」


 そう言ってマナは上半身を起こすと、左手に抱えていた書類をトウヤへ見えるように差し出す。「権利書」と書かれた一番上の紙にはトウヤの名前も記されていた。


「これは?」

「話しはリュウトから聞いてたからな。お前に酷い事した所長をボッコボコにぶん殴って施設からお前の権利をいただいてきた。あんなクソな所に帰らなくていい。どっちにしろ悪魔に狙われてる以上ここに居た方がいいしな」

「うわぁ……マナらしいね」

「だろぉ!好き嫌いはあってもな、子供大事に出来ないやつは地獄送りだ!」


 話しを聞いたリュウトはお腹を抱えて大笑いし、マナも自慢げに鼻息を荒くする。

 そんなやり取りを終えると、マナはトウヤの方を見て話しにくそうに口篭る。


「それで何だけどよ……。トウヤお前、リュウト達と一緒に滅殺者スレイヤー目指してみないか?」


 マナの勧誘に今度はトウヤとリュウトがお互いを見つめ合い、再び笑い出した。そんな二人の光景にキョトンとした顔で首を傾げる。


「お前らどうした?」

「いや、リュウトにも同じ事言われたんです」

「お前そんな事言ったのか?」


 マナがリュウトの方を見て確認すると、笑い終えたリュウトが小さく頷く。


「今度はおれの番かなって」


 リュウトの言葉を聞いた瞬間、マナの脳裏にユウキの姿が重なって浮かび上がる。何処と無く似ている二人。

 マナは自然と笑みを浮かべながらリュウトの頭を軽く撫でた。


「ふん、生意気言いやがって。それじゃあたしが申請するから、レンが起きた時に驚かせてやろうぜ!」

「トウヤ入ったらレンも喜ぶよ、きっと」

「そうと決まればとりあえずビルに戻るぞ。レンの容態はリサに任せるしかないからな」


 リュウト達三人は下の階へ続く扉へ歩いて行く。

 屋上へ来た時の冷たい思いは消え去り、一人を待つ三人の心は暖かくなっていた。


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