ペンダントと復活

 トウヤの事件から数日、リュウトとトウヤはレンの部屋で空を眺めていた。灰色の空から降ってきた雨粒がビルに当たりバチバチと音を立てている。


「今日は雨かぁ」

「おまけに候補生は授業が中止で外出も禁止だってさ。さっきマナから連絡が来たけどあの悪魔、色んな所で姿を表してるから滅殺者スレイヤーが探し回ってるみたい」

「そうなんだ……」


 部屋の奥にあるベッドに腰掛けながら悪魔についての教科書を眺めながらリュウトが言う。その言葉にトウヤの声色が落ちるのを聞くと、教科書から視線を変える。


「トウヤのせいじゃないから大丈夫だよ」

「うん……」


 それでも変わらないトウヤにかける言葉を探していると、ふと彼の首元で光るものを見てリュウトは思いつく。


「そうだ、俺達も俺達で出来ることをやってみるか」

「え?」


 リュウトはベッドから降りるとトウヤの元へ歩み寄りペンダントを指差す。


「そのペンダント。ゴタゴタしてて忘れてたけど調べたら何かわかるかもしれないだろ?」


 言われたトウヤは服の中に入れていたペンダントを引っ張り出すと、改めて見つめ直す。前回とは違い、赤紫色の宝石が淡く脈打つようにゆっくりと光っていた。


「確かに……どうして父さん達が持ってたかはわからないけど、このペンダント自体なら何かわかるかもしれない」


 リュウトの顔を見たトウヤの表情が僅かに明るさを取り戻す。未だ心が不安定なトウヤに心配の念を抱いているリュウトも安堵の表情を浮かべた。


「そうと決まればあそこへ行ってみよう。ここに来た時マナに案内してもらったんだ」


 リュウトとトウヤは部屋を後にするとエレベーターを使い上階にある司書室と呪物保管室へ向かう。お目当ての階に到着すると、まずはフロアの奥にある部屋を目指して歩き出した。


「ここは?」


 部屋の前で立ち止まった二人はドアの上に掛けられている小さな看板を見上げる。そこには「呪物保管室」と墨で達筆に書かれていた。


「悪魔関連の物を保管しとく所らしい。ここなら何かわかるかも」

「入って大丈夫なの?」

「持ち出ししなければ大丈夫だってマナは言ってたけど……まぁ大丈夫だろ!」


 数ヶ月前の淡い記憶を思い出そうともせず、保管室の扉を開けたリュウト。だが部屋の全貌が見えた瞬間、まるで外の空気を吸い込むかのように二人の背後から部屋に向かって風が吹く。

 二人の顔が僅かに引つるも意を決して中へ入った。

 保管室の中は古い鎧やボロボロの剣、恐ろしいデザインの仮面等がそれぞれのガラスケースに収納されていた。


「これは保管室ってよりお化け屋敷だな……」

「それに空気が冷たく感じるね……」


 背中に冷や汗を垂らしながら、ガラスケースに入れられた物を覗いていく。だがトウヤのペンダントに関連しそうな物は見付けられなかった。

 司書室で探した方が良かったんじゃないかーー。そんな後悔を抱きながらリュウトが物色していると、驚かせないよう気を使った大声が聞こえてきた。


「リュウトこれ!」


 振り返ると、トウヤもまた背中を向けていた。入り口とは反対側の端に歩み寄るとトウがとある棚を指さしている。


「この宝石、ペンダントの宝石と似てないかな」


 トウヤが言った棚の中には、天然石のように変哲もない岩から赤紫色の原石がクリスタルのように生えた物が鎮座していた。だがトウヤのペンダントとは違い力を失っているのか、薄暗く変色している。


「本当だ。でもこれ何に使うんだ?」


 棚を覗き込みながら首を傾げる二人。まじまじと見つめていると、不意に背後から叱るような怒号が部屋に響いてきた。


「こーらー!そこの二人、こんなとこで何してるの?」


 予想だにしない声に二人は思わず背筋を伸ばしながら勢いよく振り返る。しかしそこには腕を組み悪戯な笑顔を浮かべたリサが立っていた。

 リュウトは無意識に深く息を吐くと、落ち着かない体を安心させるように腹部を擦る。トウヤもまた小刻みに呼吸しながら自分を落ち着かせていた。


「リサか、びっくりした……」

「びっくりしたのはこっちだよ。探しに来たのに部屋に行ったら居ないし、他の部屋の子に聞いたら司書室の方に行ったって言うから来てみたらここにいるんだもん」


 保管室に入ってきたリサは二人に話しながら各保管物を見渡す。

 声色は優しいのに、保管物を見る目つきはリサには珍しくどこか鋭さがあった。怒っているのではと思ったリュウトは素直に理由を口にする。


「ごめん、ちょっと調べ物をしてたんだ……」

「そうだったんだ。でもここは魔力を含んだ物が多いから滅殺者スレイヤー以上の権限がないと入れないのよ?それに今はここの物を移動するから立ち入り禁止のはず」

「ええ!?」


 思いもしなかった言葉にリュウトは目を見開きながら口をぽかんと開ける。記憶を遡っても案内の時には確かにマナが教えてくれたはず。

 だが日頃の行いを見ると、リサの方が正しいようにリュウトの中では感じられた。


「マナが入れるって案内の時に言ってたけど……マナめ」


 リュウトの不服そうな顔を見て、リサも眉を八の字にしながら苦笑を浮かべる。


「あはは、それはマナにも責任があるね」

「ところでなんで俺達を探してたの?」

「そうそう、探してた理由はレン君の事なの。今からでも来る事は出来る?もちろん外出の許可はもう出してあるから大丈夫よ」

「「レンに何かあったの!?(ですか!?)」」


 レンと言う名前に二人はリサにほぼ同時に歩みより真剣な眼差しで見上げる。勢いよく迫ってきた事に動揺しながらもリサはゆっくりと頷いて見せた。


「まぁそんな所かな、行けそうな雰囲気だしこのまま行こっか」


 言われるがままリュウトとトウヤはリサの後に続いて保管室を後にすると、そのままビルのロビーを抜け停車していた車に乗り込む。

 警戒の為か運転手もまた、黒いコートを着た滅殺者スレイヤーだった。

 車に揺られる事数分。レンが治療を受けている病院に到着した。


「着きました。ここでお待ちしております」

「ありがとう」


 病院に入ると、リサに連れられて受け付けを通り過ぎ下の階にある治療室ではなく上階にある通常の病室へとエレベーターを動かした。

 フロアに到着すると、長い渡り廊下を進み並ぶように建てられた病室の一番奥のドアノブに手をかける。


「入るよー。二人を連れてきました」


 入っていくリサに続いて恐る恐る部屋を覗く二人。ベットの方に視線を向けるとリュウト達に気付いた部屋の主が横になったまま右手を小さく振っていた。


「よ〜お前ら。元気そうで何よりだぜ」


 呑気に振られる手。そこには左腕に点滴を刺した状態のレンが笑みを浮かべていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る