敗北の屋上
微睡みから目覚めると、薄らとした視界には白い天井が映し出された。外傷は無いが心身共に妙な不調を感じながらトウヤは上半身を起こす。
「あれ、ここは……?」
「起きたかトウヤ」
まだ働いていない頭を稼働させてながら辺りを見渡していると、クリーム色のカーテンの先から声が聞こえた。その声を聞いた瞬間頭の回転が早くなり浮ついていた意識もはっきりする。
「リュウト!ここは?」
「大丈夫、病院だよ。マナが応援を呼んで助けてくれたんだ」
カーテンをずらして入ってきたリュウトの小さな微笑みを見て、ほっと胸を撫で下ろす。だが自分が最後に見た記憶を思い出した瞬間、再びざわめきが起こる。
「そうだ!レンはどうなったの!?」
上半身を前のめりにしてリュウトに聞くと、視線を斜め下に向けて口を塞がながら言葉を出せずにいた。
「レンは…… 」
ようやく呟いた答えが出る前に、病室の扉が開く音が聞こえ続け様に勢い良くカーテンが開かれる。そこにはマナがタバコを咥えたまま二人を見下ろした。
「よう、起きたかトウヤ」
「マナさん……」
「ひとまず状況はリュウトから聞いた。駆けつけるのが遅くなって悪かったな」
マナは胸ポケットから携帯灰皿を取りだし吸殻を処理すると小さく頭を下げる。トウヤは否定するように首を横に降ると、リュウトから聞けなかった質問を繰り返す。
「いえ……。あの、レンは」
「……姿見てみるか?」
数秒の間を置いてマナが質問を返す。その目が僅かだが鋭くなり声色も低くなる。そんなマナの変化に躊躇しながらもトウヤはすぐに頷いて返した。
「はい……」
「わかった」と言ってマナは着いてくるように促すと、リュウトとトウヤはその後を追った。病室を抜けすぐ近くにあったエレベーターで下の階へ向かう。やがてお目当ての階に到着するとそこは病室の雰囲気は無く、看護師が硬い表情で行き交っていた。
大きなガラスが壁となり、部屋の内部がまるでスクリーンの様に見る事が出来る。
マナが歩みを止めた一室の中をガラス越しに見た瞬間、トウヤは息を飲み目を見開く。
「レン!」
部屋の中でレンが大きな機材と体を管に繋げられた状態で眠っていた。体には赤く滲む包帯が巻かれ、その傍でリサが両手を向けている。手からは優しく淡い光が、まるでレンの体を照らすように輝いていた。
「肩から腹部にかけての大きな傷と大量の出血によるショック症状。斬撃が臓器の幾つかも損傷させててギリギリ機能してる状態らしい」
トウヤはガラスにしがみつく様に体を預けながらレンの姿を目に焼き付ける。その姿をじっと見つめたままリュウトは何も言えないでいた。
「あたしが来た時にはもう冷たくなってたよ。でもあいつが諦めなかったんだ……」
マナが見つめる先には眉間に皺を寄せ額から汗を流しながら魔力を放出し続けるリサの姿があった。そんな三人の存在に気付いたのか、リサはこちらに笑顔を向け再び回復へと専念する。
「リサは
「レンは……どうなるんですか」
マナは病室を見つめたまま静かに首を横に振った。その光景にトウヤの中で重く冷たい感情が雪崩のように押し寄せる。
自分のせいだ――と。
「まだわからねぇ。仮に延命出来ても
「そんな……」
「あいつは正義感が強い癖してやる事なす事頭が足らなくてな。トウヤ抱えて避ければ良かったのに自分を盾にするなんて……バカだよまったく」
トウヤはガラスに寄りかかったままズルズルと足から崩れ落ち、最後はその場に座り込み俯いてしまった。そんな悲痛な後ろ姿にリュウトはかける言葉が見つからなかった。
「……」
「あいつはもう
「マナ!」
嫌味にも聞こえる言動にさすがのリュウトも声を荒らげマナを静止する。だがその場に居づらくなったトウヤは無言のまま非常階段の方へ走り出した。咄嗟に止めようとするがその手はすり抜けてしまう。
「待ってトウヤ!なんでトウヤの前であんな事言ったんだよ!あれじゃトウヤのせいにしてるみたい、じゃ……」
マナの顔を見上げた瞬間、リュウトの怒りはゆっくりと収まり言葉も止まる。その瞳には今にも溢れそうな程の思いが込み上げていた。
「悪いな。アイツのせいじゃないのはわかってる。……わかってるけど、あたしもまだまだ大人じゃねぇんだ……」
マナは目元を拭い大きく深呼吸した後、二度両頬を強く叩き何かを切り替える。弱々しかった瞳にはいつもの強さが戻り、リュウトへ照れくさそうに僅かに微笑む。
「悪ぃがトウヤのこと頼むわ。今すぐは会わねぇ方が良いだろうしな……あたしは用事を済ませてから向かうよ。ここの階段は屋上以外閉まってるから、多分そこだと思う」
そう言い残してマナはエレベーターへ歩み寄ると上の階へ向かうボタンを押す。扉が閉まる直前、マナと目が合ったがその瞳にはまだ揺らぐものがあるようにも見えた。
取り残されたリュウトは病室で眠るレンに視線をやる。未だ目覚める気配のない友の顔を見つめてから、走り去った友を探す為リュウトも屋上を目指して階段を上がって行った。
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