重苦しい気配


 寮襲撃の翌日。レンは茜色に染まる自室の窓から寮を再建しようとする工事車両を眺めていた。そして部屋の奥にある勉強机には、気だるそうにへたり込むリュウトの姿があった。


「あそこか!工事の車が入ってった所!」

「あぁそうだよ……」


 見た目通り面倒くそうに返事をすると、レンはリュウトの方に視線を変えて笑顔を振りまく。その顔は今のリュウトにとっては暑苦しい他なかった。


「そんな腐るなよぉ〜俺と同じ部屋なんて奇遇じゃねぇか!」

「奇遇じゃなくてマナが選んだんだよ……てか何でそんなにテンション高いんだ……」


 もはや感心に近い思いも抱きながらリュウトは呟く。レンにとっては嬉しいことかもしれないが、寮にはリュウトの生活品が揃えられていた。それが一夜にして住む場所ごと消し去ったとなれば元気が出るはずも無い。

 だがそんなリュウトの思いを吹き飛ばす様に、レンは真っ直ぐな言葉を放った。


「お前がここに来たからに決まってんだろ!建物が直っても居ろよ!」

「……まぁ、出来たらね」


 あまりにも真っ直ぐな思いを伝えてくるレンにリュウトは少しくすぐったい様な感覚を覚える。友達と一緒に居られる事が何よりも嬉しい。そんな思いをぶつけられたリュウトは一瞬だけ間を置くと、再び気だるそうに呟く。

 だがその口元は照れ隠し紛れに覆った腕の中で、僅かに微笑んでいた。


「よう二人共いるか?宿題終わったか?」

「いるけど開けるの早いよ……それに宿題所の自体じゃないし……」


 ノックが終わるとほぼ同時に部屋の入り口が開けられ、マナが顔を出してくる。

 リュウトが呆れ気味に応えるのとは裏腹に、レンは興奮冷めやらぬままマナを迎え入れた。


「先生いるぜ!リュウトは腐ってるけどな」


 未だ机に突っ伏してうなだれているリュウトを見てマナは苦笑いを浮かべる。


「まぁ教材とか服とか全部パーだししゃーないだろ。着替えと勉強道具は直ぐに用意してやるよ」


 それより――と言いながらマナの表情が僅かに固くなる。手に持っていた数枚の纏められた資料を取り出し、机に突っ伏しているリュウトの前に置いた。


「問題は襲ってきた悪魔の方だ」

「何かわかったの?」


 リュウトは勢いよく上半身を起こすと資料を取り目を通していく。だがリュウトの証言以外の情報は無く「現状捜索不可」の文字が最後に綴られていた。


「それがサッパリなんだ。お前が感じたっつー魔力の気配も、戦った悪魔の外見も。見た奴も資料にも似通ったものが無かった」


 リュウトの問い掛けに、マナはやれやれと言いたげに首を横に振ると大きく溜め息を吐いた。その時、レンの眉間にシワが寄り考えていた事を口に出す。


「そもそもさ、悪魔に似た奴とかあるのか?」


 レンの質問に頷くとマナは机に置いた資料を再び取り上げ、今度はレンの前に差し出した。

 受け取ったレンは眉を傾げながら資料を見ていく。


「一応な。下級の悪魔は見た目がほぼ一緒なんだ。だから見た目に該当が無いとすれ……ば……」


 突然、充電が切れかけたロボットの様にマナの言葉が途切れその場で固まってしまう。異変に気付いた二人がマナを見た瞬間――。


「そうかそういう事か!!」


 マナは大声を上げると、驚いた二人には目もくれず資料を取り上げ部屋の入り口へ走り出す。


「いいかお前ら!絶対にこの部屋から出るなよ!!特にリュウトお前だ!」


 返事も理由も聞かず話さずのまま勢い良く部屋を出て走り去る。残された二人は口をだらしなく開けたまま開きっぱなしのドアを眺めていた。


「何だったんだ?しかも部屋出るなって言われてもなぁ?」

「うん……ッ!」


 リュウトが弱い相槌を打った後だった。突然感じた覚えのある重苦しい気配が全身に重くのしかかる。

 それは正しく昨夜戦った悪魔の気配だった。

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