見覚えのある顔


「この気配……!」


 リュウトは机から立ち上がるとレンがいる窓際へ向かい外を見る。気配はするものの、その姿は見当たらない。


「何だよ、何も感じないぞ?」


 リュウトの尋常じゃない雰囲気にレンも焦りを見せるが、気配どころか何一つ違和感を感じ取れない。そんなレンを気にもせずリュウトは窓際から一心不乱に地上を眺めている。


「アイツが近くにいるんだ!」

「さっきここに居ろって……おい待てって!」


 マナ同様、扉を勢い良く通り過ぎ部屋から駆け出していく。呼んでも止まらないリュウトに数秒遅れてレンも部屋を後にした。

 エレベーターすら待っていられず、リュウトとレンは防災用の螺旋階段を駆け下り地上を目指す。


「リュウトちょっと聞けって!」

「アイツの気配が――」

「そりゃわかったから!昨日の悪魔だろ?」


 リュウトは無言で頷くと、ビルを抜けて一心不乱に走り出す。途中肩で息をしながら休憩を取りつつ感覚を研ぎ澄ませ、気配を感じ取ろうとする。そして三度目にしてようやく定まったのか、ビルを大きく離れ海の方へと駆けて行った。


「こっちは……はぁ、港だぞ!」


 リュウトが立ち止まると、二人は膝に手をついて荒くなった呼吸を整えていく。ふと周りを見ると、見覚えのある寂れた大型倉庫が並ぶ無人の停泊場。以前、悪魔を倒していた少女がいた場所だった。

 荒くなっていた呼吸も正常へ戻っていくと、より 一層強い魔力が蠢いている事に気が付いた。

 夕焼けに染まっていた空は、月明かりも届かなくい程雨雲で濁り、ゆっくりと雨が降り始める。


「どこだ……!」


 神経を研ぎ澄ませドス黒い気配のする方へ歩み寄っていく。

 やがて手摺りも何も無い港の縁の所に、そのおぞましい背後が見えた。二人の存在に気付くと、昨夜の甲殻の悪魔は歓迎する様な声色で話す。


「オヤオヤ昨日の……。ノコノコと殺されに来たのカイ?」

「こいつが例の奴か!……ん?おいリュウト!」


 おぞましい外見に圧倒されたレンは、悪魔の足元を指さしてリュウトに見るよう促す。そこには二人と同い年くらいの少年がうつ伏せで横たわっていた。


「そいつから離れろ!」

「随分と物騒ダガ、イイだろう。くれてやるよ」


 リュウトは両手を前に向けながら魔力を放出し魔剣と黒布を出現させる。レンも持参していた木刀を構え、二人は切っ先を悪魔へ向けた。

 だが悪魔は戦う気は無いと言わんばかりに首を横に振り、横たわる少年を足で裏返す。


「てめぇ!」

「オーコワイコワイ。さっさと退散しようカネ」

「待て!」

「おっト」


 リュウトが剣を低く構え距離を詰めようとした瞬間、悪魔は左腕の鎌を少年の首元に突き付けた。


「それ以上近付けばコイツのアタマとカラダが別れてしまうヨォ?」

「くそ……」


 リュウトは体勢を戻すと魔剣を地面へ放り投げ戦意喪失の意を示した。


「それでイイ。物分りのイイ子は好きでチュよォ〜」


 悪魔はこれでもかと言わんばかりにリュウトを挑発しながらおざなりな拍手を送る。


「それじゃあネ」


 悪魔は胴体から生えた四本の手を振りながら、背後に魔力で生み出した黒い穴を通って姿を消す。同時に張り詰めた様な重苦しい気配も消え去った。

 戦闘態勢を解くと、リュウトの剣と布は魔力へと帰り、レンも木刀をしまい少年の方へ駆け寄る。


「また逃げられた……」


 リュウトは拳を強く握り締め、どうすれば良いか、それすら分からなかった自分に怒りが込み上げてくる。降っていた雨もいつの間にか止んでおり、薄暗い雲の隙間から優しい月明かりが差し始めた。


「リュウト!」

「あぁそうだった、その子大丈夫か!」


 怒りの感情はレンに呼ばれて振り払われ、横たわった少年に歩み寄るリュウト。レンが上半身を僅かに起こすよう抱えると、月明かりのおかげで少年の顔が見える様になった。

 だかその表情を見た瞬間、レンは眉間に皺を寄せながらまじまじと見つめ始める。


「大丈夫だとは思うが……こいつおれ知ってる」

「え?まさか別のクラスの奴とかか?」


 まさかの言葉にリュウトも驚きを隠せなかった。

 レンは少年の顔を見つめたままリュウトの答えに首を横に振る。


「いや、こいつ……おれの前の施設の友達だったんだ」


 わずかに気が動転仕掛けている事を察知したリュウトは、レンのポケットから電子機器を取り出すと、施設の担任として登録されている番号に連絡をかける。


「とりあえずマナに連絡するぞ!」


 腹の底がふわふわとした感覚に襲われながらも、リュウトは電子機器を耳に当てマナの応答を待つ。ちらりと少年からレンへ視線を向けた時、レンの表情は見た事もない程凍りつき恐怖に怯えたものへと変わっていた。

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