闇夜の襲撃

「そういやお前はビルの寮使わないのか?」


 教室を出てエレベーターへ向かう途中、レンはふと疑問に思った事をリュウトに聞いてみた。リュウトは視線だけをレンに向けると、まるでいじけた子供のように斜め上を見上げる


「使いたいんだけど、今いっぱいなんだってさ」


 ふーんと、レンが軽い相槌を打つと到着したエレベーターに乗り込みロビーへと上がっていく。二人は無言のまま階数を示す数字が変わるのを見つめていた。


「うーん空いてた様な気したけど、まぁいっか。また明日なリュウト」

「うん、また明日」


 リュウトだけがロビーで降りると、エレベーターは再び上を目指して動き出した。数字が寮のある階で止まったのを確認すると、僅かに目を細めながらビルを出て行く。

 道すがら、リュウトは本来の授業よりも残りの授業の方が頭から離れないでいた。


「魔装具、か」


 未だ自分と同じ魔装具を持った者に会った事がない。それ所か魔装具を持ってるだけで、同じ生徒にはまるで人気者の様に扱われる。

 それが恥ずかしい様なくすぐったい気分になっていた。やがて寮の屋根が見え始め、残り数分で到着といったところだった。

 突然、空気が冷たくなる様な感覚と同時に重苦しい気配を感じ取る。


「これ……近くにいるのか!」


 紛れも無い悪魔がいる感覚。リュウトは寮へ向かわず、気配のする方へ走り出した。気配の主は真っ直ぐにビルを目指しているように感じる。

 だが一向に気配へ近付いてる感覚がしない。


「何だろ……出たり隠れたりしてるみたいな感覚……どこにいる!」


 ビルから寮への道を半分程引き返した所で気配はするものの特定が更に困難になった。リュウトは息を整えながら周囲を見渡す。


「どこいるんだ……」


 やがて気配が遠のく様に消えた頃には、荒くなった呼吸も元に戻っていた。


「気配が消えた……何だったんだ」


 さっきの冷たい気配が嘘の様に何も感じられない。

 これ以上詮索しても無駄足と察したリュウトは、再び寮へと歩き出す。寮へ到着した頃には夕闇から夜空へと変わっていた。


「今日は何か疲れたな」


 それから簡単な用事を済ませ、寝室にあるベッドの上に座り込む。

 誰もいない静まり返った部屋。何より一人で住むには大き過ぎる建物の中も静寂が溢れていた。


「寮ねぇ、レンは空いてるって言ってたけど……こっちは一人なんだぜ?」


 寝室から見える滅殺者スレイヤーのビルを見つめながら、そこには居ない友人に呟く。その瞳は悲しみと疑問が入り交じっている様に見えた。

 だがその時、帰宅途中と同じ気配を寮の何処に居るかわかる程強く感じ取る。


「この気配……!帰りの時の――っ!!」


 リュウトが気配を感じた部屋の奥へ振り向く。だが瞬時に気配は消え、一瞬にして背後の窓へと移動していた。

 体勢を戻そうとした刹那、ガラスが割れる激しい音と強い衝撃がリュウトを襲う。


「ヒッヒッヒッお前良い魂を持ってるネェ、アタシにくれないかい?」


 破壊された窓から虫の様な半透明の羽根を六枚生やした悪魔のシルエットが月夜に黒く映されていた。大きな目が睨む様に赤く光る。

 寝巻きに着ていた服はガラスの破片で所々が破れ、赤く滲む。だがそんな事お構い無しにリュウトは右手を強く握りしめた。


「そんなん――誰がやるか!」


 リュウトの声に応える様に、黒い魔力を放出した右手に魔剣が握られ、体を黒い布が覆う。その姿を見た赤目の悪魔は、ギチギチと体や羽根を鳴らしながらリュウトに対して声を低くさせる。


「そいつは……おのれ仲間に何てことを!!」


 赤目の悪魔は声を荒げながら両手を振り下ろす。既の所で後方に避けると、鎌は空を斬り木製の床を勢い良く破壊した。

 両者の間に大きな穴が開き下の階が丸見えとなる。

 だが赤目の悪魔は続け様に穴を飛び越え、その勢いで再び鎌を振るう。リュウトは避けようとしたが、部屋の入り口や壁の狭さが敵となり回避が僅かに遅れる。

 鎌がリュウトの左腕に喰らいつき、斬り落とさんと振り下ろされた。


「危ねぇ……」


 幸い黒い布に威力を殺され斬り落とされる事も致命傷にもならなかった。だが防いだ部分は裂け、守り切れなかった皮膚から鮮血が滴り落ちる。


「魔力を使いこなしてるようだが、まだまだヨワイ!」


 ついには一階まで逃げ込み、家具や壁を破壊しながら必死に避けていくリュウト。

 余裕と踏んだ悪魔は更に攻撃の速度を上げてきた。だがリュウトも必死に避けていた時だった。両の鎌が振り下ろされた瞬間、リュウトは直ぐに右側へ体勢を傾け、魔剣の切っ先を赤目の悪魔の横腹に突き刺した。


「グぁぁぁぁ!!」


 鎌の反撃が来る前に魔剣を引き抜き距離をとる。

 ようやく入った一撃に睨み付けたまま口元に笑みを浮かべるが、それは悪魔も同じだった。


「ナーンテ、殺せたと思ったカイ?」


 まるで嘲笑うかのように傷口をリュウトに見せ付ける。まるで時が戻っているかの様に黒血こっけつの出る量が減り、最後は傷口が綺麗に無くなった。その光景に口元の笑みも消え、歯を食いしばりながら鋭い眼光を向ける。


「くそ……」

「マァ今日はこのくらいにしといてやろう、人違いだった事をカンシャするんだね!」

「ッ!待て!」


 赤目の悪魔は飛び立とうと羽根を微振動させ始める。逃がすまいとリュウトは距離を詰め魔剣を振り下ろしたが、いとも簡単に避けられ、破壊された二階の窓から飛び去っていく。

 急いでリュウトも窓辺へ移動するも、既にその姿は小指程の大きさになっており、去り際の甲高い笑い声も聞こえなくなっていた。


「逃げられたか……!」


 リュウトが魔剣と布を魔力に戻し霧散すると、どこかから電子音が一定の感覚で鳴り響く。幸い瓦礫に埋もれて壊れなかった電話が誰かからの着信を知らせていたのだ。


「……もしもし」


 瓦礫をどかして手の平より少し小さい外見の電話を取り上げ耳に当てる。スピーカーからは声を荒げたマナの声が怒号にもにて聞こえてきた。


「お前今どこだ!お前の寮の近くで悪魔の反応があったんだ!!」

「あー……逃げられた」


 受話器の向こうから何かが倒れる様な音と共にマナの息遣いが荒くなる。


「逃げられたって戦ったのかお前!?ちょっと待ってろ!すぐ向かう!!」


 そう言い残すとマナは勢い良く通話を切り、終了の電子音が聞こえて来た。リュウトはため息を吐くとそれをポケットにしまい、崩れた天井の無い出窓に座り込む。

 ゆっくりと見上げたビルの上には大きな満月が優しくも冷たく輝いていた。

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