決意の瞳
「俺が来た時にはもうダメだったんだ……リュウトは何か覚えてる事はないか?」
リュウトは力が抜ける様にその場にへたり込むと、森の先にある夜景を見ながら零れるように話し出す。
その姿はまるで泣いてる子供が原因を話しているように弱々しく、そして幼く見えた。
「あの日はおれだけ教会に居なかったんだ。遊びに出掛けてて、帰ってきたら怪物が暴れ回ってた……」
呟くように話していくリュウトの言葉をユウキは何も言わず黙って聞いている。
その声は震えていて、今にも思いが零れ落ちそうだった。
「前々から変な感じはしてたんだ、誰かに見張られてるような……変な視線。でも気にし過ぎだと思って……」
言葉が詰まり唇に力を入れながら下を向くリュウト。ずっと耐えていた一雫が、ゆっくりと地面に落ちていった。見つめていたユウキの鋭く凛々しい眉も八の字に垂れ下がり反射的に体が動く。
「もういいよ、ありがとう」
居た堪れなくなったユウキは優しくリュウトの背中を擦る。今の彼に出来る精一杯の行動だった。
しばらく鼻をすすりながら肩を震わせるリュウト。だがその顔は見せまいと僅かな強さも垣間見えた。
「おれのせいなのかな……おれのせいで皆が……」
「そんな事ない、お前は守ろうとしたんだろ?」
下を向いたまま、リュウトは小さく首を縦に振る。
「小さい頃は皆を傷付けちゃって怖がられたんだ。でも仲直りのきっかけが出来て仲良くなって……。変な感じがあった時も心配してくれてたのに……」
「そうだったのか」
僅かに呼吸を荒くしながら瞳に溜まった思いを右手で拭うリュウト。
そんな姿と今までの思いを聞いて、ユウキは声をかけられず数秒間の重く長い沈黙が続く。
だがそれを先に破ったのはユウキだった。擦る手を止めて、再び夜景の方へ視線を向ける。
「なぁリュウト」
ユウキの呼び掛けに反応は無かったが、そのまま言葉を繋げていく。
「お前はこれからどうしたい?」
ユウキの思いもよらない言葉にリュウトは意味が分からず聞き返す。その瞳にはもう輝きが残っておらず、放っておけば最悪の事態になる事など容易に予想出来る程だった。
「これから……?」
「あの怪物――悪魔は人の心を狙って、お前だけじゃなく他の人も襲う」
「他の人も……」
オウム返しのように呟くリュウト。ユウキは静かに頷くとゆっくり目をつぶり、そして覚悟を決めた様に力強く目を開いた。
「もしお前が……どんな理由でもあの悪魔を倒したいと思うなら力を貸してやれる」
「どうしたらいいの?」
思いもよらない提案にリュウトは前のめりになって食いつく。それと同時に僅かだが、汚れたビー玉のようになっていた瞳に輝きが戻った。その目を確認したユウキは小さく笑みを浮かべ言い放つ。
「俺と同じ
「スレイヤー?」
聞いた事もない言葉にリュウトは首を傾げる。
そんな姿を見て頷くユウキの顔は、子供を慰める優しいものではなく、これから戦地へと行かんばかりの真剣な表情に変わっていた。
「悪魔を倒す者の総称だ。悲しい事に悪魔は人の心から生まれ、そして人を襲い新たな悪魔を生み出す。最後にはその世界もろとも悪魔の餌食になってしまうんだ」
目の前で見た怪物がいずれ世界を壊す。
自分に起きた惨劇を経験したからこそ、その未来が簡単に想像出来た。
「どうしたらそのスレイヤーになれるの?」
リュウトの質問に答える事なく、ユウキはゆっくりと夜景の街を指した。するとリュウトの背中を押すかのように、背後からやや強めの風が吹き街の方へと流れていく。
見ていた風景は同じものなのに、何故か今の方が夜景が綺麗に見えた。
「あの街に
そう言ってユウキは首元から服の中に手を入れ、ある物を取り出す。白い鉱石をあしらった親指程の大きさがある十字架のペンダントだった。十字架に削られた銀色の金属に白い鉱石を埋め込んだ様なシンプルなデザイン。
その鉱石からは不思議と暖かい何かが感じられる。
「なれるかどうかはお前次第だ。だがその素質は十分にある」
リュウトに向かってゆっくりと右手を差し出す。
ユウキが握るように力を込めると、手の周囲に黒い煙の様なものが溢れ、やがて一振の剣が姿を現す。
通常の片手剣よりやや大振りの刀身。まさしくリュウトが倒れた時に握っていた剣だった。
「それは……」
「悪魔を倒すのに十分な力をお前はもう持っている」
ユウキから渡され、リュウトは改めて剣に視線を向けた。両刃の刀身に十字架の様な鍔と、その真ん中には黒い宝石が埋め込まれている。一般的な剣の様に整えられた形状ではなく、何処と無く無骨さの方が強い。
やがて剣は主人の元へ帰るかのように黒い煙となってリュウトの中へ溶けていった。
「ユウキが持っててくれたんだ。皆を助けたいと思った時にいつの間にか持ってて……」
「お前の強い思いにお前自身の力が応えたんだ。今はそれだけで十分だ」
ユウキは自身のペンダントを服の中に戻しながら、ふとリュウトの顔をまじまじと見つめる。
その目は真剣そのものだった。だがその前に流した涙のせいで、わずかに腫れているようにも見える。そんな姿を見たユウキは思わず微笑を浮かべながら呟く。
「生きててくれてよかった……」
「え?」
「いや、なんでも無い。そろそろ下に戻っておけ。体調を崩したら元も子もないからな」
少し寒かったのだろうか。そう言われたリュウトは「わかった」と言いながら足早に下の階へ続く入り口へ向かう。
だが数秒と待たない内に再び屋上へ向かってくる足音と、リュウトが誰かと挨拶を交わす声が聞こえてきた。
「どうだった?」
音の主はリュウトではなく、心配で見に来たリサだった。夜風に髪を揺らしながらユウキの元へ歩み寄る。
月明かりのおかげもあるのか、治療室にいた時よりも美しく見えた。
「何とか元気になってくれたよ。
だかそんなリサの姿には目もくれず、夜景だけに視線を向けるユウキ。その表情は一段落ついたかの様に落ち着いていた。
「無事に見つかって安心した?」
隣に立ったリサは白衣の両側に付いているポケットに手を入れながら、座ったままのユウキを見下ろす。
だがユウキは大きく溜息を漏らすと、首を大きく横に振った。
「無事ではないよ、深い傷は残ったままだ。それに大きな問題も解決していない」
「そっか……あの事は話したの?」
またも首を振るユウキ。
今度はリサの方へ視線を向け、もの悲しげな笑みを浮かべた。
「まずは傷を癒してからの方がいい。そうじゃないと余計に傷付くだけだ。明後日から候補生になる。おれは居ないがリサも出来るだけ見てあげてくれ」
ユウキの頼みにリサはただ黙って頷く。悲しげなユウキの顔を見て、それ以上の事は聞かないでおこうと決めたのだ。
リサは優しく微笑み返すと、くるりと振り返り屋上の入り口へ歩き出す。だがユウキと入り口の中間辺りでふと立ち止まり、お互いに背を向けたまま語りかける。
「ユウキ、あなたも無理しないでね」
「……ありがとう」
そう返ってきた言葉を聞いて、リサは何も言わずに屋内へ戻って行く。
ユウキもその後ろ姿を見返る事なく、建物の縁に腰を下ろしたまま、静かに夜景を見つめ続ける。
「今はこのままで行こう……」
呟くユウキの表情は決意した様に硬くなり、ジッと夜景を睨みつけるのだった。
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