新天地と別れ
教会での出来事から二日後、二人は廃墟から眺めていた夜景の街に来ていた。
いくつものビルが建ち並び昼でも迫力ある摩天楼を築いている。眼下に広がる人の波は目的地へ急がんと蜘蛛の子を散らす様に行き交っていた。
「すごい街だね!」
「ここはお前がいた所より人が多いからな」
教会からあまり出た事がないリュウトは、首を痛めそうな景色に口を開けたまま目を輝かせる。その後ろ姿は、まるで遊園地に来た子供に似ていた。
そんな姿を、ユウキは半笑いを浮かべながら優しい瞳で見つめている。
「お前、田舎からやって来た奴みたいになってるぞ?」
ユウキの一言を聞いて周囲の通行人を見ると、物珍しそうにこちらを見ている事に気付く。流石に恥ずかしくなったリュウトは顔を下に向けながら、先に進むユウキを追いかけた。
「ごめん、ついわくわくしちゃって」
「お前もこれからここに住むんだ。後でゆっくり見て回れば良いさ」
ここに住む。
その言葉にリュウトの心は再び熱いものが湧き上がってくる感覚を覚える。山に囲まれた地域にポツンと建てられた教会で育ってきたリュウトにとって、これ程心が弾む事はなかった。そして更に気になった事を口にする。
「施設もこの街にあるの?」
ユウキは首を縦に振ると昼の摩天楼を見渡す。
激しい寒さを超え、僅かに暖かくなり始めた季節。ビルの更に上に広がる青空はどこまでも澄んでいるように見える。
「ああ、中心街の方にあるんだ。この辺のビルよりは小さいけどな」
育成機関がある場所へ着実に歩みを進めていくユウキと、その後ろ姿を見つめながら追うリュウト。
助けられてからまだ数日しか話しをしていないのに、リュウトは不思議な安心感をユウキと言う存在に感じていた。その感覚は、僅かとはいえ教会での惨劇を忘れる程に。
「ねぇユウキ」
しばらく無言で歩く二人の静寂を破ったのはリュウトからだった。ユウキが着る黒コートの裾がなびくのを見つめながら口を開く。
「ユウキはここで育ったの?」
「いや、小さい頃は違うんだ。でも
唐突の質問に、ユウキは一瞬だけ背後に視線を向けるが、再び前を向きありのままを話す。
「そうだったのか。でもちょっと羨ましいな」
「そうか?」
リュウトはゆっくり首を縦に振ると、さっきまで考えていた事を吐露する。
「おれも家族って呼べる人はいたけど、周りに何も無かったから。こんな大きな所だったらもっとたくさん思い出作れただろうなって」
そう呟く様に話すリュウトの目はさっきの歓喜に満ちた物とは違い、どこか感傷にひたり苦しんで見えた。それを察したユウキは一度足を止めてリュウトの方に向き直る。リュウトは突然止まったユウキに驚きながらも、見つめてくるその瞳に首を傾げた。
「これから作っていけばいい。それが教会の人達の恩返しにもなる」
ユウキの目は優しかったが、どこか悲しみも混じっているように見える。何故そんな目をしたのか、リュウトには分からなかった。
「うん、ありがとう」
「それにこの街は大きいぞ、海も山も近いしな。でも――」
そこまで言うと再びゆっくりと歩き始めるユウキ。先の言葉を言うか迷っていたのか、数十秒歩いた後に普段より僅かに低くなった声で言った。
「だからこそ危険もある」
「危険?」
少しだけ速度を早めユウキの隣を歩きながら、頭一つ分背の高い顔を見上げる。さっきの優しさは消え、眉間には皺を寄せながらただ前を見据えていた。
「少し教えたが、悪魔は人が多ければ多い程現れやすい」
リュウトはその言葉に覚えがあった。数日間、育成機関に入る前の基礎知識としてある程度教えられた悪魔の事。
まるで復習するかの様にその答えを呟く。
「人の心が多いから」
ユウキは静かに頷き、話しを続ける。
「人や街が悪い訳じゃない。悪心に漬け込む悪魔が悪いんだ。だからこそ、ここを
怒りも混じった声色にリュウトは次の言葉を無くす。少し前とは違う、険悪な雰囲気の漂う沈黙が続いた。
だがその雰囲気をかき消すかの様にユウキはとある建物の前で立ち止まる。
「さぁ着いた。ここが悪魔狩りを学ぶ所だ」
普段と変わらない状態に戻ったユウキは両手を腰に当て自慢げに建物を披露する。
リュウトはその建物を見上げると突然、顔をしかめてユウキを見た。
「小さいって言ってたけど、全然大きいじゃん!」
「そこかよ。まぁ中に入ろう、連絡はしてあるんだ」
建物の入り口に歩み寄ると、自然に開かれるガラス張りの扉。中は建物二階分程の高さがあり、大きめのライトが天井に吊り下げられていた。
その下をスーツを着た者やユウキ同様、黒コートに身を包んだ者も数名見る事が出来る。あのコートを着た者が
「すみません。新しい候補生を連れてきたのですが」
ユウキは受け付けと記されたカウンターにいる女性に話し掛ける。すると女性は一瞬だけ目を見開くも、すぐに平静を取り戻し小さく頭を下げて話し始めた。
「伺っております。こちらへどうぞ」
女性は立ち上がりカウンターの後ろにある扉に手先を向け、二人に入る様促す。
ユウキは軽く会釈すると、扉をノックしゆっくりと押し開いた。
中は応接間なのだろう。来客用と家主用のソファーが机を挟んで相向かいで並び、その家主用ソファーに足を組んで一人の女性が座っていた。
「よう、久しぶりだなユウキ」
入って来た二人を見るなり、女性はニヤリと笑みを浮かべ咥えていたタバコの灰を灰皿へ落とす。
「マナの方こそ元気そうで何よりだよ」
ユウキもそんな女性を見るなり、ほんの少し口角を上げて名前を呼んだ。だかマナと呼ばれた女性は不服そうにユウキを睨み付ける。
「呼び捨てにすんな、マナ『先生』だ」
「ならこっちも呼び捨ては困るなぁ。ちゃんとーー」
ユウキも悪意のない嫌味な表情でマナに返してやろうとした所、その行動を遮る様に扉のノック音が響いた。
ゆっくり扉が開くと先程の受け付けの女性が顔を出す。
「失礼します。ユウキ様、マスター二名がお呼びです」
「思ったより早かったな……。それじゃあリュウトの事頼むよ、センセ」
受け付けの女性はそう言って再び部屋の扉を閉めた。それを確認すると、ユウキは小さくため息を吐きマナの方へ向き直る。
軽くあしらわれる様に言われたマナは不服そうに。
「ッたく! こんな時だけそんな呼び方しやがって。さっさと行け!」
と言いながら手で払う様な仕草をした。ユウキはその姿を見て鼻で笑うと、リュウトに視線を変えマナの方を指した。
「リュウト、少し急ぎになってしまったがこの人が
「口が悪ぃは余計だよ!」
マナの怒号が部屋に響くが、ユウキは何も反応せずリュウトに小さく笑った。
「この人もお前の味方だから、何かあれば助けてくれる」
「わかった……」
頷き、しっかりとユウキの目を見つめるリュウト。だがその瞳には強さと共に助けてくれたユウキがいなくなる寂しさも入り交じっていた。
それを察してか、ユウキは優しくリュウトの左肩に手を置く。
「そんな顔するな、また様子を見に来るよ。それじゃあ頼むわ」
そう言ってリュウトの言葉を待たず、ユウキは足早に部屋から出て行った。
まるで残像を追う様に扉を見つめるリュウトを見て、マナは静かに腰を上げる。
「んじゃ改めてあたしはマナ。お前がこれから入るクラスを担当してんだ。ビシバシ行くからそのつもりでいろよ!」
「は、はい……」
タバコを歯で咥えながら歩み寄り、笑顔で右手を差し出す。マナの勢いに押されつつも、リュウトは恐る恐る手を伸ばし半ば強引に握手を交わした。
「んな怖がんなって! 取って食ったりしねぇよ」
そうは言ってもユウキ不在の今、リュウトにとっては不安でしかなかった。住んでいた場所も仲間も失い、数日一緒だった恩人も居ない。
これ程頼りない状況はそうそうに無いだろう。
「まぁ……そりゃそうだよな」
そう呟いて、マナはタバコを指で挟みゆっくりと紫煙を吐く。そして元々の気だるそうな目でリュウトを見つめた。
だがその瞳の奥は、どことなく真剣な雰囲気を漂わせている。
「信用するかどうかお前次第だが、あたしはアイツ《ユウキ》と同じ時に
「そうなの?」
不安そうな表情から、意外とでも言いたげな顔に変わる。マナは何も言わず頷くと、右手で不器用にリュウトの頭を撫でた。
「大変な事はあるだろうが、アイツの頼みだ。悪い様にはしねぇよ」
「ありがとうマナ……」
「マナ先生な! そんじゃ中を案内してやるよ」
マナは応接間の扉を開き、ついて来いと言わんばかりに頭を動かす。再びロビーに出た時には、すでにユウキの姿は無かった。
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