幼馴染の母に汚部屋掃除を依頼されたら幼馴染の小学校時代の日記が見つかった

富士之縁

幼馴染とヤバい日記

「いらっしゃい亮司りょうじくん。今日はありがとね」


 俺には無口な幼馴染、鈴木すずき鈴香すずかがいる。

 幼稚園から高校2年の今に至るまで大体同じクラスだった。

 とはいえ、中学校辺りからは疎遠になっていたのだが(あいつそもそも喋らないから仕方ない)、まさか再び部屋に招かれる日が来るとは思っていなかった。

 うちの親と仲良しな鈴香の母に頭を下げる。


「こちらこそ、いつもお世話になってます。ところで、鈴香の部屋の掃除と聞いていたのですが、大丈夫なんですか? いくら幼馴染とはいえ……」

「亮司くんなら大丈夫だと思うよ。それに、私一人じゃ終わりそうになかったから」

「鈴香は……ああ、水泳部の遠征だっけ? 本人がいないのに、いいのか?」

「いいのいいの。約束を破ったあの子が悪いんだし」


 どうも鈴香が二泊三日の合宿に行っている間に終わらせたいようだ。


「俺が最後に来たのは小六ぐらいの時だっけ? 普通の部屋だったと思うんだけどなぁ」

「あの頃は私が掃除していたからね。でも、思春期になってから全然入れてくれなくなって……。見かねて何度も掃除させろって言い続けてきたんだけど、ついに向こうが約束を破ったから実力行使をさせてもらうってワケ」

「なおさら俺が入ってもいいのか分からなくなってきたな」


 ともあれ、引き受けてしまったものは仕方ない。

 おばさんが扉を開けると、見事な汚部屋が現れた。インターネットで画像検索したら似たようなものがいくつも出てくる。

 女子の部屋、という単語からはおよそ想像できないような臭いも薄っすら漂ってきた。暗いし、とにかくモノが多い。


「なるほど……俺が呼ばれた理由を理解しました」

「前見た時より酷くなってるわね。とりあえず、絶対いらなさそうなゴミみたいなやつから捨てていきましょう」

「俺らが作業するスペースもないですからね」


 お菓子の袋や、もう使わない中学校時代の教科書などをガンガン捨てていく。

 大量に出てきた衣類に関しては全く判断できないので片っ端から袋に詰めて、後の仕分けは鈴香の母さんに任せた。

 幸い、ヤバい虫などが出てこないまま床の大部分が見えるようになった。

 久々に手料理もいただきながら作業を進めていく。


「ごみの片付けと掃除が終わったので、後は整理整頓のターンですかね。高校の教科書とかの置き場を決めないと、また床に直置きスタイルになりそうですし」

「机の中とかでいいんじゃない?」


 何の躊躇もなく引き出しが開けられた。親子とはいえ、もう少しプライベートを尊重してあげてもいいのでは?

 エッチな本とかがあってもおかしくないんだからさ……。


「あら? これって小学校の頃の日記よね?」


 確かに見覚えがある。というか、市販のノートと違って表紙にわざわざ校章までプリントされているので間違う要素がない。

 中学時代のものがあれだけ残っていたのだから、小学校時代のものが出てくるのも当然といえば当然だ。


「そうっすね。あの頃は宿題で日記を書かされていたはずです。あっ、読むのは止めてあげた方がいいのでは? こういうのを読み始めると一気にペース落ちますし」

「まあまあ。作業はほとんど終わったのだから、休憩がてら……」


 俺は最後の良心を使って読まないでおこうと努力していたのに、鈴香の母は、あろうことか音読を始めてしまった。


「7月2日。今日はプールの授業がありました。亮司にわざとぶつかるヒトミちゃんは変なおじさんに捕まってしまえばいいのにって思いました」

「それ本当に小学生が同級生に向かって書いてるやつ!?」


 思わず、ベッドに座って読んでいるおばさんの隣に移動してしまった。

 さすが、習字だか硬筆だかで賞ももらっていただけあって今の俺よりも綺麗な字だ。だからこそ、マジで普通に読めてしまう。

 あの頃から無口なやつだったが、日記の文面を見ると無口でよかったと感じた。このノリでペラペラ喋ったら只のサイコパスだもんな。ミステリアスな高嶺の花というイメージの方が何倍もマシだ。

 日記には先生からのコメントも書かれていて、


『人間なら誰でも、他人に対して暗い感情を抱いてしまう時があります。だから鈴香ちゃんがそう思ってしまうことがあってもいいのですが、ヒトミちゃんには言わないようにしましょう』


 という大人な対応がなされていた。慣れているのかな。

 おばさんはパラパラと日記をめくりながら、時々手を止めて音読した。


「10月13日。植田先生、前から思っていましたが、亮司の頭を撫でる時間が長すぎると思います。一種の体罰として教育委員会に訴えたいと思います」

「担任が読む日記に担任の悪口を書くな!」


 しかし、俺の心配は杞憂だったようで、先生は、


『褒めて伸ばす社会ですから。鈴香ちゃん、先生のことをよく見ていてえらい!』


 と花丸をつけていた。無敵かよ。

 おばさんがまた別のページを開き、


「12月15日。ママはパパと会う時はオシャレをしませんが、亮司と会う時は一生懸命お化粧します。亮司のパパが来ないと分かっていても変わらないので、これはもう疑いの余地がありません。注意をしても言うことを聞かない悪い子なので三者面談の時は先生からも何か言ってください」

「鈴香は何にキレてるの? ママ友と会う時にメイクするだけって話だろ? うちの母ちゃんもそうだし」


 そうでしょ? と隣のおばさんに視線を向けた時には、おばさんの顔が目と鼻の先にあった。おばさん、なんて言うとアレだが、実態は俺の母ちゃんが口を開くたびに、


「鈴香ちゃんママは何をしてあの若さを保っているのかしら? うらやましいわね~」


 としか言わないレベルの美魔女だ。鈴香の妹と間違えられたこともあるとか。

 艶やかな唇に視線が吸い寄せられる。


「今日、夫は出張で帰って来ないから……」

「そ、そんなこと言われても」

「わたしみたいなおばさんじゃ、やっぱりダメかな?」

「俺が未成年だからダメだと思いますね」

「いいの。誰も見てないんだから」

「そういう問題じゃないでしょ! もう肉体労働はほとんど終わったと思うんで、俺帰りますね!」


 おばさんを振り払って出て行く。危うく雰囲気に呑まれるところだった。



 次の登校日。

 俺の座席には人だかりが出来ていた。


「おはよう。何かあったのか?」


 俺が声を掛けると、男子も女子も俺から一歩離れた。何となく嫌な予感がする。

 割とよく話していた男子が俺の方を指差しながら、


「鈴木さんと幼馴染だ、って話は聞いていたけど、まさかお前、他人ん家の母親に手を出すヤバいやつだとは思ってなかったぜ!」

「出してねぇよ! 何があったらそんな根も葉もない噂が広まるんだよ!」

「何って、お前の机に置かれてたコレだよ。この禍々しいノート!」


 確かに、名前を書かれたら死にそうな雰囲気の黒いノートが鎮座していた。

 黒地の表紙には白い文字で「亮司観察日記」と書かれている。あ、この文字見覚えあるわ。

 開いて、最新の内容のページを開いてみると、俺がおばさんに押し倒されかけている白黒の写真とともに、赤いボールペンで日記が綴られていた。


『7月10日。亮司が私の部屋を掃除にきた。それ自体は嬉しいけど、念のために仕掛けておいた監視カメラをチェックしたら案の定ママが亮司を襲おうとしていた。ママはカメラの存在に気付いていたようで、何度も目線を送ってきたり、手を振ってきたりした。歳を考えろ』


「ちゃんと読めば俺が手を出してないって分かるんじゃないの?」

「鈴木さんの超綺麗なお母さんがお前を襲おうとしたことだけは分かるけど、この後お前が襲った可能性もゼロじゃないだろ! そう書かれてないだけで」

「お前、何でこの前国語で補習を受けてたんだ」


 論理的に説得しようと思っても無駄なようで、周りからジワジワと罵声の言葉を浴びせられる。


「亮司くん、顔も性格もいいと思ってたのに、まさか人妻がタイプだなんて……」

「ずるいぞ! 俺は三者面談の時にすれ違った時から一目惚れしてたってのによ」

「亮司くん、熟女好きだったの……?」

「うちのママが結婚相手探してたけど、どう? 家族にならない?」


 ひとつずつ反論したいところだったが、よく考えれば問題は文章の解釈以前のところにある。

 ノートを鈴香の机に叩きつけて、


「どうしてわざわざこんなことしたんだ?」

「女子の部屋勝手に掃除するなんて最低だから」

「でも掃除しないとヤバい部屋だったじゃん。45リットルゴミ袋を何枚使ったと思ってるの?」

「うぅ……」


 鈴香が縮こまると、周りの男子や女子たちから咎めるような視線を投げかけられた。俺が被害者だと思うんですけど?

 しかし、これ以上問い詰めても誰も得をしなさそうだったので諦めて自分の席に向かう。

 その背後で、


「まあそれに、キモい噂を敢えて流せば、亮司にまとわりつくゴミの掃除も出来るから……」

「今俺の名前呼んだ?」


 振り返ると、鈴香はいつも通り無口になって首をフルフルと横に振っていた。

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